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一章
5、見ないで
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「春見なのね」
こくりと黒鬼はうなずいた。
螢は、とたんに羞恥が込み上げてきた。
こんなみっともない姿を、春見に見られてしまった。
鎖でつながれ、地面に転がされ。村人には憐みの目で見られて。
「いや、見ないで」
螢は自分の肩を抱いて、身を小さくした。髪は無残にも切られ、セーラー服は土で汚れ、さらに疫神に触れられたことで襟元もはだけてしまっている。
「春見、まだ動くなよ。螢が疫神を受けいれてからだ」
「兄さん……こんなの、おかしいです」
黒い面の下から聞こえる声は、かすれていた。
春見も秋杜も、村人も。集まったすべての人が、螢を遠巻きにしている。
他の誰にも疫神は見えないのに。そのまとわりつく抱擁から逃れようと、一人でもがく螢を眺めている。
「そなたの体を共有するぞ。そうすれば逃げられる」
「やめ……て」
「我が名を呼べ。空蝉と」
螢は首をふった。
「強情な娘だ」
ため息のような疫神の呟き。螢は総毛立つ寒気を感じた。
顔も腕も、セーラー服に隠された体も足も、すべての皮膚に何かがしみ込んでくる。
濡れた針で全身をくまなく刺されるような激しい痛み。
「いやぁぁぁぁっ!」
螢は耐え切れずに絶叫した。
悲痛な叫びは繰り返され、山にこだまして反響する。
見世物代わりに参加していた子どもが、親にすがりつく。
「螢さん!」
ふっと、視界が切り替わった。薄いベールをかけたように、辺りが遠く見える。
「受け入れたようだな。さぁ、春見」
秋杜に促された春見は、倒れ伏す螢の前へと進んだ。硬質な音。螢が顔を上げると、春見が日本刀を鞘から抜いていた。
のどかな春の日にふさわしくない、ぎらつく銀の刃。
「動かないでください。螢さん。あなたに痛みを与えたくはないんです」
「ほら、螢」
秋杜が、螢の頭を押さえて、地面に額をつけさせる。
「春見の言うとおりだ。あいつは力が弱いからな。一度で首を落とせないと、ひどい苦痛を味わうだけだぞ」
「わたしの首を?」
「お前と一緒に疫神を滅ぼす。そうすれば村は守られるんだ。なぁに、案ずることはない。螢のことは、ちゃんと弔ってやるからな」
何をいかれたことを言っているんだろう。この男は。
強い力で頭を押さえつけられたまま、螢は思った。
春見に斬首されると聞いても、現実離れしすぎていて驚くこともできない。
湿った土と下草の青いにおいの中、気持ちはどんどん冷めていく。
本家の長兄、文武両道の秋杜のことをこれまでは恐れながらも、尊敬していたのに。
ベールの向こうの秋杜は、ただの卑怯者だった。
こくりと黒鬼はうなずいた。
螢は、とたんに羞恥が込み上げてきた。
こんなみっともない姿を、春見に見られてしまった。
鎖でつながれ、地面に転がされ。村人には憐みの目で見られて。
「いや、見ないで」
螢は自分の肩を抱いて、身を小さくした。髪は無残にも切られ、セーラー服は土で汚れ、さらに疫神に触れられたことで襟元もはだけてしまっている。
「春見、まだ動くなよ。螢が疫神を受けいれてからだ」
「兄さん……こんなの、おかしいです」
黒い面の下から聞こえる声は、かすれていた。
春見も秋杜も、村人も。集まったすべての人が、螢を遠巻きにしている。
他の誰にも疫神は見えないのに。そのまとわりつく抱擁から逃れようと、一人でもがく螢を眺めている。
「そなたの体を共有するぞ。そうすれば逃げられる」
「やめ……て」
「我が名を呼べ。空蝉と」
螢は首をふった。
「強情な娘だ」
ため息のような疫神の呟き。螢は総毛立つ寒気を感じた。
顔も腕も、セーラー服に隠された体も足も、すべての皮膚に何かがしみ込んでくる。
濡れた針で全身をくまなく刺されるような激しい痛み。
「いやぁぁぁぁっ!」
螢は耐え切れずに絶叫した。
悲痛な叫びは繰り返され、山にこだまして反響する。
見世物代わりに参加していた子どもが、親にすがりつく。
「螢さん!」
ふっと、視界が切り替わった。薄いベールをかけたように、辺りが遠く見える。
「受け入れたようだな。さぁ、春見」
秋杜に促された春見は、倒れ伏す螢の前へと進んだ。硬質な音。螢が顔を上げると、春見が日本刀を鞘から抜いていた。
のどかな春の日にふさわしくない、ぎらつく銀の刃。
「動かないでください。螢さん。あなたに痛みを与えたくはないんです」
「ほら、螢」
秋杜が、螢の頭を押さえて、地面に額をつけさせる。
「春見の言うとおりだ。あいつは力が弱いからな。一度で首を落とせないと、ひどい苦痛を味わうだけだぞ」
「わたしの首を?」
「お前と一緒に疫神を滅ぼす。そうすれば村は守られるんだ。なぁに、案ずることはない。螢のことは、ちゃんと弔ってやるからな」
何をいかれたことを言っているんだろう。この男は。
強い力で頭を押さえつけられたまま、螢は思った。
春見に斬首されると聞いても、現実離れしすぎていて驚くこともできない。
湿った土と下草の青いにおいの中、気持ちはどんどん冷めていく。
本家の長兄、文武両道の秋杜のことをこれまでは恐れながらも、尊敬していたのに。
ベールの向こうの秋杜は、ただの卑怯者だった。
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