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一章
3、春見の優しさ
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螢だって好きで、親に捨てられたのではない。
黒羽の家で育ててもらって、学校に行かせてもらって。恩を感じてはいるけれど、ありがたいと思っているけれど。
この惨めさは、どうしたって消えやしない。
「ごめんね、螢さん。花毬、ちゃんと持っていてくださいね」
「……いいの、もう」
「螢さん?」
「わたしに構わずに、早く道場に行って。ね?」
春見の顔が、陰りを帯びる。胸がキリリと痛んだが、螢は彼から目を背けた。
いとこなのは、戸籍の上だけ。
実際の螢と春見は、使用人とお坊ちゃま。そういう関係でしかない。
「じゃあ、螢さん。今度の封花祭に一緒に行きましょう」
「無理を言わないで」
「約束してください」
「だめだめ。子どもみたいに甘えないで」
螢は春見の背中を押した。
もうこれ以上、自分に関わっても春見には何の得にもならない。
「でも、ぼくは螢さんと一緒がいいんです。螢さんのことが大好きだから」
「ごめんね。わたし、急ぐから」
螢は春見に背中を向けて、黒羽の本家へと走った。
自分の後をついて歩いて、自分だけを見つめてくれる春見のことが好きだ。
だけど……これは弟に対する気持ちだ。
もちろん、春見は実の弟ではないけれど。
その夜のことだった。
降り出した雨が急に勢いを増した頃、黒羽の玄関の戸を激しく叩く音が聞こえた。
「電話を貸してください。うちの人が急に熱を出して」
次の日も、また同じことが起こった。そしてまた次の日も。
謎の高熱と発疹。村人は次々と町の病院へと運ばれた。
村の長老は、疫神のしわざだと告げた。
依代に疫神を憑依させ、その依代の首を落とすことで、疫神を封じることができると。
当然のように螢が、封花祭の依代として選ばれた。
理由はただ一つ。彼女が生贄として、育てられていたから。
◇◇◇
そして封花祭の日。
鎖で縛られた螢の前に、金属でできた古びた箱が置かれる。箱からは、水がしたたり落ちていた。
「やはり錆びて朽ちておりますな」
「ずっと川に沈めておりましたからな。だが綻びがあっても、忌まわしき力は結界の中で留め置かれるはずですが」
話し合う男たちは、袴姿だ。
「疫神よ。この黒羽螢を捧げますゆえ、ぞんぶんにご賞味ください」
軋んだ音を立てて、箱が開かれた。激しい光がほとばしり、男たちの手から血がしたたった。
箱の中は空だ。けれど螢は、いいしれぬ圧迫感を覚えた。
鬼に扮した少年たちが叩く鉦の音が、耳に痛いほどに響く。
「ようやく会えたな」
低く冷たい声が、螢には聞こえた。
黒羽の家で育ててもらって、学校に行かせてもらって。恩を感じてはいるけれど、ありがたいと思っているけれど。
この惨めさは、どうしたって消えやしない。
「ごめんね、螢さん。花毬、ちゃんと持っていてくださいね」
「……いいの、もう」
「螢さん?」
「わたしに構わずに、早く道場に行って。ね?」
春見の顔が、陰りを帯びる。胸がキリリと痛んだが、螢は彼から目を背けた。
いとこなのは、戸籍の上だけ。
実際の螢と春見は、使用人とお坊ちゃま。そういう関係でしかない。
「じゃあ、螢さん。今度の封花祭に一緒に行きましょう」
「無理を言わないで」
「約束してください」
「だめだめ。子どもみたいに甘えないで」
螢は春見の背中を押した。
もうこれ以上、自分に関わっても春見には何の得にもならない。
「でも、ぼくは螢さんと一緒がいいんです。螢さんのことが大好きだから」
「ごめんね。わたし、急ぐから」
螢は春見に背中を向けて、黒羽の本家へと走った。
自分の後をついて歩いて、自分だけを見つめてくれる春見のことが好きだ。
だけど……これは弟に対する気持ちだ。
もちろん、春見は実の弟ではないけれど。
その夜のことだった。
降り出した雨が急に勢いを増した頃、黒羽の玄関の戸を激しく叩く音が聞こえた。
「電話を貸してください。うちの人が急に熱を出して」
次の日も、また同じことが起こった。そしてまた次の日も。
謎の高熱と発疹。村人は次々と町の病院へと運ばれた。
村の長老は、疫神のしわざだと告げた。
依代に疫神を憑依させ、その依代の首を落とすことで、疫神を封じることができると。
当然のように螢が、封花祭の依代として選ばれた。
理由はただ一つ。彼女が生贄として、育てられていたから。
◇◇◇
そして封花祭の日。
鎖で縛られた螢の前に、金属でできた古びた箱が置かれる。箱からは、水がしたたり落ちていた。
「やはり錆びて朽ちておりますな」
「ずっと川に沈めておりましたからな。だが綻びがあっても、忌まわしき力は結界の中で留め置かれるはずですが」
話し合う男たちは、袴姿だ。
「疫神よ。この黒羽螢を捧げますゆえ、ぞんぶんにご賞味ください」
軋んだ音を立てて、箱が開かれた。激しい光がほとばしり、男たちの手から血がしたたった。
箱の中は空だ。けれど螢は、いいしれぬ圧迫感を覚えた。
鬼に扮した少年たちが叩く鉦の音が、耳に痛いほどに響く。
「ようやく会えたな」
低く冷たい声が、螢には聞こえた。
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