上 下
3 / 56
一章

3、春見の優しさ

しおりを挟む
 螢だって好きで、親に捨てられたのではない。
 黒羽くろばねの家で育ててもらって、学校に行かせてもらって。恩を感じてはいるけれど、ありがたいと思っているけれど。

 この惨めさは、どうしたって消えやしない。

「ごめんね、螢さん。花毬、ちゃんと持っていてくださいね」
「……いいの、もう」
「螢さん?」
「わたしに構わずに、早く道場に行って。ね?」

 春見の顔が、陰りを帯びる。胸がキリリと痛んだが、螢は彼から目を背けた。
 いとこなのは、戸籍の上だけ。
 実際の螢と春見は、使用人とお坊ちゃま。そういう関係でしかない。
 

「じゃあ、螢さん。今度の封花祭ふうかさいに一緒に行きましょう」
「無理を言わないで」
「約束してください」
「だめだめ。子どもみたいに甘えないで」

 螢は春見の背中を押した。
 もうこれ以上、自分に関わっても春見には何の得にもならない。

「でも、ぼくは螢さんと一緒がいいんです。螢さんのことが大好きだから」
「ごめんね。わたし、急ぐから」

 螢は春見に背中を向けて、黒羽の本家へと走った。
 自分の後をついて歩いて、自分だけを見つめてくれる春見のことが好きだ。
 だけど……これは弟に対する気持ちだ。

 もちろん、春見は実の弟ではないけれど。

 その夜のことだった。
 降り出した雨が急に勢いを増した頃、黒羽の玄関の戸を激しく叩く音が聞こえた。

「電話を貸してください。うちの人が急に熱を出して」

 次の日も、また同じことが起こった。そしてまた次の日も。
 謎の高熱と発疹。村人は次々と町の病院へと運ばれた。

 村の長老は、疫神えきじんのしわざだと告げた。
 依代に疫神を憑依させ、その依代の首を落とすことで、疫神を封じることができると。

 当然のように螢が、封花祭の依代として選ばれた。
 理由はただ一つ。彼女が生贄として、育てられていたから。


◇◇◇

 そして封花祭の日。
 鎖で縛られた螢の前に、金属でできた古びた箱が置かれる。箱からは、水がしたたり落ちていた。

「やはり錆びて朽ちておりますな」
「ずっと川に沈めておりましたからな。だが綻びがあっても、忌まわしき力は結界の中で留め置かれるはずですが」

 話し合う男たちは、袴姿はかますがただ。

「疫神よ。この黒羽くろばねほたるを捧げますゆえ、ぞんぶんにご賞味ください」

 軋んだ音を立てて、箱が開かれた。激しい光がほとばしり、男たちの手から血がしたたった。
 箱の中は空だ。けれど螢は、いいしれぬ圧迫感を覚えた。
 鬼に扮した少年たちが叩くかねの音が、耳に痛いほどに響く。

「ようやく会えたな」

 低く冷たい声が、螢には聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...