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一章
2、春見と花毬
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数日前のことだった。螢と春見は二人でれんげ畑にいた。
花の盛りのれんげ畑は、一面の薄紅色だ。
眠たくなるような穏やかな午後の陽射し。
「ほら、見てください。上手にできました。螢さんにあげますね」
「春見は手先が器用ね」
「兄さんは、女みたいなことをするなって怒るんですけど。れんげ草の花毬は、お守りですからね」
「かわいい」
ころころと愛らしい花毬をてのひらに載せて、春見は微笑んでいる。学生服の鮮やかな黒さに、れんげ草の薄紅が映える。
「ありがとう。大切にするわね」
お気に入りのれんげ畑は、毎年花の盛りになると、従弟の春見と訪れていた。花の首飾りに花毬、花冠。どれも愛らしくて、夢中で編んだ。
れんげ畑の側を流れる小川には、杭が四本立てられ、神社のような紙垂のついた縄が張られている。
そこは触れても入ってもいけないのだと、大人たちから言い聞かされていた。
なんでも村に災いをもたらす神さまが、封じられているのだそうだ。
かわいそうな神さま。
幼い頃に螢はそう思い、水の中から箱を引き上げたことがある。
けれど蓋を開こうとした途端、まぶしい閃光に襲われた。
光は刃となり、螢の小さな手や指を切り裂いた。
以来、なるべく近づかないようにしているけれど。
やっぱり神さまにはお供えがいると思い、春には花やつくし、夏には蝉の抜け殻、秋には松ぼっくりを結界の前に置いていた。
それはもう十年以上も前のことだ。
れんげ草の蜜は、蜂蜜になるほどなので、飛んでいる蜂も多い。
「きゃっ」
螢の頬をかすめるように、蜂が飛んだ。
「螢さん!」
立ち上がった春見が蜜蜂を手で払うと、向かってくる蜂を踏みつけた。
足の下で、蜂がばらばらになるまで。
「大丈夫ですか? 刺されてませんか?」
「え、ええ」
周囲ではまだ蜂が蜜を求めて飛んでいる。その羽音を聞きながら、螢は自分に差し伸べられる手を呆然と眺めていた。
「春見!」
突然、大声で呼びかけられて、春見はふり返った。
小川の向こう岸、茅葺き屋根の家並みを背にして、剣道着姿の秋杜が立っていた。
「男のくせに女々しい遊びなどするな! 軟弱な。稽古の時間はとうに過ぎているぞ」
「兄さん。ぼくは剣道はもう……」
「黒羽家の人間として、勝手なことは認めない。さぁ、道場にくるんだ」
秋杜は、春見の腕を引っぱって立たせた。
「螢、君も掃除があるんじゃないのか? いくら分家の娘とはいえ、両親がいない君を育てて高校にまで行かせているんだ。家の手伝いくらいして当然だろう」
「ちゃんとしています」
「口ごたえは認めない。子どものように花畑で遊ぶ時間があるのなら、母さんの代わりに買い物にでも行くんだな」
螢は唇を噛みしめた。
高校から帰って家事を手伝ったから、黒羽のおばさんは「今日はもうゆっくりしなさいね」と言ってくれたのだ。
花の盛りのれんげ畑は、一面の薄紅色だ。
眠たくなるような穏やかな午後の陽射し。
「ほら、見てください。上手にできました。螢さんにあげますね」
「春見は手先が器用ね」
「兄さんは、女みたいなことをするなって怒るんですけど。れんげ草の花毬は、お守りですからね」
「かわいい」
ころころと愛らしい花毬をてのひらに載せて、春見は微笑んでいる。学生服の鮮やかな黒さに、れんげ草の薄紅が映える。
「ありがとう。大切にするわね」
お気に入りのれんげ畑は、毎年花の盛りになると、従弟の春見と訪れていた。花の首飾りに花毬、花冠。どれも愛らしくて、夢中で編んだ。
れんげ畑の側を流れる小川には、杭が四本立てられ、神社のような紙垂のついた縄が張られている。
そこは触れても入ってもいけないのだと、大人たちから言い聞かされていた。
なんでも村に災いをもたらす神さまが、封じられているのだそうだ。
かわいそうな神さま。
幼い頃に螢はそう思い、水の中から箱を引き上げたことがある。
けれど蓋を開こうとした途端、まぶしい閃光に襲われた。
光は刃となり、螢の小さな手や指を切り裂いた。
以来、なるべく近づかないようにしているけれど。
やっぱり神さまにはお供えがいると思い、春には花やつくし、夏には蝉の抜け殻、秋には松ぼっくりを結界の前に置いていた。
それはもう十年以上も前のことだ。
れんげ草の蜜は、蜂蜜になるほどなので、飛んでいる蜂も多い。
「きゃっ」
螢の頬をかすめるように、蜂が飛んだ。
「螢さん!」
立ち上がった春見が蜜蜂を手で払うと、向かってくる蜂を踏みつけた。
足の下で、蜂がばらばらになるまで。
「大丈夫ですか? 刺されてませんか?」
「え、ええ」
周囲ではまだ蜂が蜜を求めて飛んでいる。その羽音を聞きながら、螢は自分に差し伸べられる手を呆然と眺めていた。
「春見!」
突然、大声で呼びかけられて、春見はふり返った。
小川の向こう岸、茅葺き屋根の家並みを背にして、剣道着姿の秋杜が立っていた。
「男のくせに女々しい遊びなどするな! 軟弱な。稽古の時間はとうに過ぎているぞ」
「兄さん。ぼくは剣道はもう……」
「黒羽家の人間として、勝手なことは認めない。さぁ、道場にくるんだ」
秋杜は、春見の腕を引っぱって立たせた。
「螢、君も掃除があるんじゃないのか? いくら分家の娘とはいえ、両親がいない君を育てて高校にまで行かせているんだ。家の手伝いくらいして当然だろう」
「ちゃんとしています」
「口ごたえは認めない。子どものように花畑で遊ぶ時間があるのなら、母さんの代わりに買い物にでも行くんだな」
螢は唇を噛みしめた。
高校から帰って家事を手伝ったから、黒羽のおばさんは「今日はもうゆっくりしなさいね」と言ってくれたのだ。
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