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一章
1、生贄の花嫁
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「狂気の色だわ」
螢は目を見開いた。
戦後、十数年経った昭和。
セーラー服姿の螢の目の前にいるのは、鬼に扮した四人の少年だ。
面をつけ、緋色の袴に打ち掛けをまとった鬼は、太鼓や鉦を叩いて跳ねている。
逃げないと、殺される。
立ち上がろうとすると、足に重みを感じた。じゃらりと鳴るのは、足首につけられた枷からのびる鎖だ。
からからと鳴る、地面に刺さった無数のかざぐるま。丘を囲む一面の桜。風が吹くたびに、桜の花は儚く散っていく。
「髪が邪魔だな、切っておくか。お前が苦しむのは忍びない」
いとこの秋杜が短刀を手に、螢の艶やかで長い髪を掴んだ。
「離して。秋杜兄さん」
「おっと、動くなよ。螢。お前が逃げれば、祭りは台無しだ」
背後からのしかかるように、秋杜が螢の体を押さえこむ。
十八歳の螢よりも五つ上の二十三歳。剣道を教えている秋杜の力は強く、逃れることはできない。
「これまで、ありがとうな。うちは俺と春見の男兄弟だから、妹ができたようで楽しかったぞ」
「わたしは死にたくない」
「ちゃんと約束しただろう? 春見のためにって」
螢は言葉を失った。秋杜の言うとおりだった。
今日のこの時。封花祭のために螢は育てられたのだ。
螢が知る限り、赤鬼の舞の中央で、鎖に繋がれた人なんていなかったのに。
疫病に倒れる者が続出した今年は、祭りがいつもと違う。
疫神を人間に乗り移らせ、その人間ごと疫神を葬り去る。その依代に選ばれたのが、螢だ。
踊りは激しくなり、鬼の羽織った足首まである打ち掛けが、風をはらんで翻る。
赤に取り込まれる。
怖い。螢は手が震えるのを感じた。
「かわいそうにねぇ」
「恨まないでおくれよ、螢ちゃん」
「けど、これであの子も本家に恩返しができるってもんさ。十八まで育ててもらったんだからね」
鉦と太鼓の音の向こう、ざわめく観衆の声が聞こえる。
(いやよ……)
こんな無様な姿を、春見に見られたらと思うと。ぞっとする。
秋杜が螢にとっての兄の立場なら、春見は弟だ。
本家の跡取りである秋杜と違い、まだ十三歳の春見はおっとりしていて、頼りない。剣道よりも読書や花を育てることを好む少年だ。
(春見、来ないで。絶対に)
自分の後をついてくる子犬のような春見を、ずっと可愛がっていた。
(大丈夫。今日は朝から一度も姿を見ていないもの。きっと町に出かけているんだわ)
注意深く周囲を見たけれど、どこにも春見の姿はない。
よかった。小さく息をついたとき、見覚えのある薄紅色の球体が目に入った。
「あれは、春見がくれた……」
地面に転がっていたのは、れんげ草の小さな花毬だった。
螢は目を見開いた。
戦後、十数年経った昭和。
セーラー服姿の螢の目の前にいるのは、鬼に扮した四人の少年だ。
面をつけ、緋色の袴に打ち掛けをまとった鬼は、太鼓や鉦を叩いて跳ねている。
逃げないと、殺される。
立ち上がろうとすると、足に重みを感じた。じゃらりと鳴るのは、足首につけられた枷からのびる鎖だ。
からからと鳴る、地面に刺さった無数のかざぐるま。丘を囲む一面の桜。風が吹くたびに、桜の花は儚く散っていく。
「髪が邪魔だな、切っておくか。お前が苦しむのは忍びない」
いとこの秋杜が短刀を手に、螢の艶やかで長い髪を掴んだ。
「離して。秋杜兄さん」
「おっと、動くなよ。螢。お前が逃げれば、祭りは台無しだ」
背後からのしかかるように、秋杜が螢の体を押さえこむ。
十八歳の螢よりも五つ上の二十三歳。剣道を教えている秋杜の力は強く、逃れることはできない。
「これまで、ありがとうな。うちは俺と春見の男兄弟だから、妹ができたようで楽しかったぞ」
「わたしは死にたくない」
「ちゃんと約束しただろう? 春見のためにって」
螢は言葉を失った。秋杜の言うとおりだった。
今日のこの時。封花祭のために螢は育てられたのだ。
螢が知る限り、赤鬼の舞の中央で、鎖に繋がれた人なんていなかったのに。
疫病に倒れる者が続出した今年は、祭りがいつもと違う。
疫神を人間に乗り移らせ、その人間ごと疫神を葬り去る。その依代に選ばれたのが、螢だ。
踊りは激しくなり、鬼の羽織った足首まである打ち掛けが、風をはらんで翻る。
赤に取り込まれる。
怖い。螢は手が震えるのを感じた。
「かわいそうにねぇ」
「恨まないでおくれよ、螢ちゃん」
「けど、これであの子も本家に恩返しができるってもんさ。十八まで育ててもらったんだからね」
鉦と太鼓の音の向こう、ざわめく観衆の声が聞こえる。
(いやよ……)
こんな無様な姿を、春見に見られたらと思うと。ぞっとする。
秋杜が螢にとっての兄の立場なら、春見は弟だ。
本家の跡取りである秋杜と違い、まだ十三歳の春見はおっとりしていて、頼りない。剣道よりも読書や花を育てることを好む少年だ。
(春見、来ないで。絶対に)
自分の後をついてくる子犬のような春見を、ずっと可愛がっていた。
(大丈夫。今日は朝から一度も姿を見ていないもの。きっと町に出かけているんだわ)
注意深く周囲を見たけれど、どこにも春見の姿はない。
よかった。小さく息をついたとき、見覚えのある薄紅色の球体が目に入った。
「あれは、春見がくれた……」
地面に転がっていたのは、れんげ草の小さな花毬だった。
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