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1、うちの猫は、たいそう可愛い

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「あれ? 肩、ミミズ腫れになってますよ」

 ひんやりとした風が吹く晩秋の朝。
 俺は職場で、肩の傷を指摘されて苦笑した。
 家から軍服を着てくるのを控えているので、最近は出来る限り兵舎内で着替えるようにしている。だから、部下に見られても仕方のないことなのだが。

 そういえば、今朝起きて肩が鈍く痛む気がしたんだよな。

「引っ掻かれたみたいだ」
「へーぇ、猫飼ったんですか。でも、少尉殿は大型犬を飼う感じですよね。猫を抱っこするようには見えません」

「飼う? 何も飼ってはいないが」
「ああ、じゃあ。野良ですか。でも猫って可愛いから、少尉殿には似合いませんよね」

 顔なじみの軍曹は言いたい放題だ。
 仕事が始まるとわきまえるのだが。勤務前や休憩時間は、やけに馴れ馴れしいし、言葉遣いも適当だ。

 俺はやたらと男にもてて、そろそろ三十年。

――兄貴と呼ばせてください。一生ついて行きます。
――うん、絶対に嫌だ。

 そういうやり取りが、これまで何度あっただろう。しかも大概、素行も品行も悪そうな奴らだった。

 そして、当然のことだが。無論、女にはもてなかった。

 俺を見ると、さっと顔を背けるくらいだから。きっと女たちは俺を極道と同列に扱っているのだろう。
 同僚に遊郭に連れて行かれると、女将が「あい、済みませんが」などと言って、俺を相手する女がいないことを平謝りする。

 別に女を抱きたくて遊郭に行ってるのではなく、付き合いで仕方なくとか、上官に引っ張られてとかなので、どうでもいいのだが。
 強面でも心は繊細な部分もあるんだぞ。

「毛色はどんなですか?」
「真っ黒ではなく、茶色いような、うーん鼈甲とか琥珀を少し暗くした感じか。毛は柔らかいな」
「サビですね。外国ではまさに鼈甲色というらしいです」

 へー、そうなのか。
 軍曹はなおも「いいですねー、猫ちゃん」と繰り返している。

「少尉殿を怖がって逃げませんか?」
「あー、最初は抱こうとすると怖がっていたな。椅子の陰に隠れて震えていた」
「鰹節をてのひらに置くと、寄ってきますよ」
「そういうもんか?」

 俺が首を傾げると、兵士は「決まってます。鰹節は最強なんです」と胸を張った。

「うちのは温めた牛乳……ホットミルクという奴か? ハイカラに言うなら。あれに蜂蜜を入れたのを好んで飲むなぁ」
「だめですよ!」

 突然声を荒げられて、俺はサーベルを落としそうになった。危ない、危ない。

「牛乳は濃いんです。腹を壊します」
「へー、そうなのか? 今のところ何ともないが」
「あと、蜂蜜もいけません。甘いの禁止」

「お前、そんな可哀想なことを言うなよ」

 自分でもびっくりするくらい、情けない声が出た。うちの子が大好きな牛乳を薄めろだの、蜂蜜はいけないだの。俺はそんな冷たい仕打ちは出来ないぞ。

「あと、寝床はちゃんと床に」
「え? 一緒に寝た方が温かいぞ。床なんかに寝かせたら風邪を引くし、寒さに震えるだろうが」
「毛布を敷けばいいんです。少尉殿は甘やかしすぎです。犬みたいに厳しくすることはないですが、ちゃんと躾けた方がいいですよ」

 いや、俺はお前の方を躾けたいよ。

 やれやれ、と痛む肩をさすりながら尉官用の自室へと向かう。
 自室で着替えた方がいいのかもしれないが、訓練後に土が落ちると掃除の手を煩わせてしまうしなぁ。
 困ったものだ。
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