2 / 2
2、逢引きは中止です
しおりを挟む
「これは無理ですね」
彼は、わたしの素足に手を触れて首を振りました。その撫でるような指の動きに、背筋が痺れそうです。
「あの、何がですか?」と、わたしは出来る限り冷静に問いかけました。
「展覧会は中止です」
そ、そんなぁ。あまりにも無惨なその言葉に、わたしは落胆してうつむきました。唇を噛みしめ、己の浅はかさを悔います。
今日は二人で展覧会に行く予定だったのに。どうして無理をしてお洒落をしたの? いつもの格好で良かったのに。そうすれば彼と楽しい時間を過ごせたのに。
ただ手を繋ぎたい、その気持ちだけが先走って。せっかくの機会を台無しにしてしまいました。
「じゃあ、もう帰りましょうか」
「……はい」
揃えた膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめたその時。
海風が吹いて潮の香りがしました。
そしてわたしの体はまるで海風に攫われたように、持ち上がったんです。
見れば、至近距離に彼の顔があります。しかも柔らかに微笑んで。
軍人さんだから、いつも難しそうな厳めしい表情をなさっているのに。どうして、そんな……。
「光栄ですよ、お嬢さま。こうして堂々と抱き上げて、家までお連れ出来るのですから」
「え、あの。その……」
「そうだな。うちに着いたら、手当てをして差し上げますよ。消毒薬や包帯はあったはずですから」
でも、わたしは貴方にとっては、ただのお人形で。年も随分と離れた子どもで。
そのことを、つたない言葉で伝えると、彼は困ったように苦笑しました。
「あなたはまだ女學生で、子どもで。手を繋いだりしたら、あなたがいろんな人から叱られるでしょう?」
「それは……そうですけど」
「だから、俺と手を繋ごうという試みは、残念ながら砕かせてもらいました」
え。え? 気づいていらっしゃったの?
わたしは羞恥に顔が真っ赤になるのを感じました。
無理です。お放しになって。
何とか彼の腕から逃れようと、わたしはもがきました。ですが、鍛え上げられた彼の腕はびくともしません。
逆に「暴れては危ないですよ」と、窘められる始末。
「怪我をなさったとあれば、これは救助です。正々堂々とあなたを抱き上げることができる」
彼は、わたしの耳元でそう囁きました。
わたしは恥ずかしさのあまり、帽子をぎゅっと握りしめて顔を隠しました。すると……。
「隠さないでください。せっかくの機会に、あなたの顔が見えないのは寂しすぎます」なんてまた低く、でも甘い声で囁かれて。
どうしましょう。あなたの顔が見たいのに、わたしの真っ赤な茹で蛸のような顔は見せたくなくて……帽子を少しだけずらして覗き見すれば。
彼はとても柔らかく微笑んだのです。
彼は、わたしの素足に手を触れて首を振りました。その撫でるような指の動きに、背筋が痺れそうです。
「あの、何がですか?」と、わたしは出来る限り冷静に問いかけました。
「展覧会は中止です」
そ、そんなぁ。あまりにも無惨なその言葉に、わたしは落胆してうつむきました。唇を噛みしめ、己の浅はかさを悔います。
今日は二人で展覧会に行く予定だったのに。どうして無理をしてお洒落をしたの? いつもの格好で良かったのに。そうすれば彼と楽しい時間を過ごせたのに。
ただ手を繋ぎたい、その気持ちだけが先走って。せっかくの機会を台無しにしてしまいました。
「じゃあ、もう帰りましょうか」
「……はい」
揃えた膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめたその時。
海風が吹いて潮の香りがしました。
そしてわたしの体はまるで海風に攫われたように、持ち上がったんです。
見れば、至近距離に彼の顔があります。しかも柔らかに微笑んで。
軍人さんだから、いつも難しそうな厳めしい表情をなさっているのに。どうして、そんな……。
「光栄ですよ、お嬢さま。こうして堂々と抱き上げて、家までお連れ出来るのですから」
「え、あの。その……」
「そうだな。うちに着いたら、手当てをして差し上げますよ。消毒薬や包帯はあったはずですから」
でも、わたしは貴方にとっては、ただのお人形で。年も随分と離れた子どもで。
そのことを、つたない言葉で伝えると、彼は困ったように苦笑しました。
「あなたはまだ女學生で、子どもで。手を繋いだりしたら、あなたがいろんな人から叱られるでしょう?」
「それは……そうですけど」
「だから、俺と手を繋ごうという試みは、残念ながら砕かせてもらいました」
え。え? 気づいていらっしゃったの?
わたしは羞恥に顔が真っ赤になるのを感じました。
無理です。お放しになって。
何とか彼の腕から逃れようと、わたしはもがきました。ですが、鍛え上げられた彼の腕はびくともしません。
逆に「暴れては危ないですよ」と、窘められる始末。
「怪我をなさったとあれば、これは救助です。正々堂々とあなたを抱き上げることができる」
彼は、わたしの耳元でそう囁きました。
わたしは恥ずかしさのあまり、帽子をぎゅっと握りしめて顔を隠しました。すると……。
「隠さないでください。せっかくの機会に、あなたの顔が見えないのは寂しすぎます」なんてまた低く、でも甘い声で囁かれて。
どうしましょう。あなたの顔が見たいのに、わたしの真っ赤な茹で蛸のような顔は見せたくなくて……帽子を少しだけずらして覗き見すれば。
彼はとても柔らかく微笑んだのです。
0
お気に入りに追加
97
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説



妹は奪わない
緑谷めい
恋愛
妹はいつも奪っていく。私のお気に入りのモノを……
私は伯爵家の長女パニーラ。2つ年下の妹アリスは、幼い頃から私のお気に入りのモノを必ず欲しがり、奪っていく――――――な~んてね!?


笑わない妻を娶りました
mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。
同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。
彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。


好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

わたしが側妃になった日
秋津冴
恋愛
ある日突然、降ってわいた国王陛下の側妃になる話。
使者がそれをもって訪れたとき、子爵令嬢ゾーイは驚いてしまった。
しかし、いざ結婚するとなったら、一人の男性を思い出してしまう。
ゾーイは彼への想いを断ち切るため、懐かしの場所を訪れる。
他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
おや?
今日アップされた強面の少尉様と許嫁の女学生のお話は、このお話の続きですか?
真風様の描かれる、この時代の物語が大好きです。
連載中のお話も、完結済みのお話も、アップされるのをとても楽しみにしています。
johndoさま、こちらにも感想ありがとうございます。続きという訳でもなく、そろそろ軍人さんと女学生が書きたいなーと、こちらも気分転換で。明治、大正は資料を調べるのが大変ですが、書いていて楽しいので、大好きと言っていただけるのは本当に光栄です。ありがとうございます。