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三章

2、帰宅【2】

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 早くに両親を亡くした俺は、大人になるまでは名原の家で暮らしとった。
 大叔父である組長も、伯母にあたる雪野姐も、居候である俺に優しくしてくれた。
 まぁ、言葉がきついからそう見えへんのやけどな。

 隣に視線を向けると、貴世子は窓にもたれて目をつぶっとう。
 時折、苦しそうに唇を噛みしめるてるんは、襲ってくる感覚に身を任せるんを耐えてるんやろう。

 車が角を曲がった時、貴世子の体が俺の方に倒れてきた。

「や……っ、あぁ……っ」

「へ?」と声を上げたのは、運転しとう組員やった。ミラー越しに、目を丸くしとんのが見える。

「よそ見すんなや。危ないやろ」
「は、はい」

 俺は貴世子をしっかりと抱きとめた。細いその体は、俺の腕の中で微かに痙攣している。

「苦しいやんな、お嬢。もうちょっと待っとき」
「助け、て」
「うん。大丈夫やで」

 俺のシャツにしがみつく貴世子の指に、力がこもる。
 せやな。このまま放置してたら、ほんまにつらいよな。
 
「お嬢。あなたの初めてを俺にくれるか?」
「はじめて……? くれる?」
「ここではできへんからな。俺の家に着くまで我慢やで」

 育ちのええ貴世子が苦悶の中でもがいてるのは、見ていてほんまにつらい。
 早く楽にして、安眠させてやりたい気持ちが俺の心に満ちる。

 普通に頭を撫でて、添い寝をするだけで落ち着くんやったら、それが一番やのに。
 ごめんな。思いの外、香がきついみたいや。

 名原の家の近くに、俺は一軒家を借りとった。
 貴世子の家みたいに大きくはない。男一人で暮らすのにちょうどええ、小さい平屋や。

 狭い庭には今の時季の花……たぶん金木犀が咲いとんやけど。颱風の所為で、橙色の小さいその花の匂いはせぇへん。

 颱風が来て雨漏りがしたら面倒くさいから、軒先に吊るしとったてるてる坊主が、申し訳ないくらいびしょ濡れや。墨で描いた顔も、雨で流れて黒い涙を流してるように見える。
 
「まだ颱風は通過せぇへんのか」

 直撃やないから、木の枝が折れることはなさそうやし、瓦が飛んでいくこともなさそうやけど。
 俺は車から降りて、貴世子を抱き上げた。そして運転手に声をかける

「済まんかったな。もう名原の家に帰ってええで」
「あの、病院とか、用事があったらまた来ますんで」

 俺は「ありがとうな」と部下に微笑んだ。
 けど、今の貴世子に必要なのは医者やない。

 玄関の戸を開けて中に入ると、三和土に水がぽたぽたと滴った。吹く風に、引き戸がせわしなく音を立てる。

 びしょ濡れになった状態で靴を脱ぐんも難儀する。貴世子を抱えている所為で、両手が塞がっとうから。結局、上がり框のところに引っ掛けて革靴を脱いだ。
 気にはなるけど、靴は転がったままや。
 
 廊下を進み、俺の部屋の襖をやっぱり足で開く。
 行儀悪いなぁ。「わたし、野蛮な方は嫌いです」ってお嬢に言われたら嫌やなぁ。そう思いながら腕の中の貴世子を見ると、苦しそうに眉をしかめとった。

 畳の上に直にお嬢を座らせて、箪笥から手拭いを出して拭いてやる。
 俺の背広を脱がせて、襦袢の腰紐に手を掛けた時。貴世子は俺の腕にしがみついてきた。
 
「……んっ」
「ああ、ごめんな。つらいよな」
「助けて……幾久司さん」

 ああ、ええで。お嬢が俺を求めてくれるなら、受け入れてくれるなら。こんなに嬉しいことはない。

 華奢な指が俺の頬を撫でる。冷えきった、ひんやりとした白い指。
 その指を、俺は口に含む。

 びくりと貴世子は身を竦ませた。

「大丈夫、怖ないで。大事にするから」

 自分でもびっくりするくらい、優しい声やった。ああ、俺にはこんな声が出せるんやな、知らんかったわ。
 そうやな。生まれてこの方、こんなにも誰かを愛しいと思ったことがないもんな。
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