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一章
9、何処いった
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「お嬢の家を汚すのも嫌やな。そこから出んと待っとき」
幾久司さんはそう吐き捨てると、男の服の衿を掴んで縁側へと向かいました。
ずるずると引きずられていく男が、幾久司さんに罵声を浴びせます。けれど歩くことも立つことも出来ないのか、されるがままです。
わたしが恐る恐る室内を覗くと、幾久司さんは雨戸を開けて男を引きずったまま外へと出ました。
まだ颱風は去っていません。
開かれた雨戸や窓の部分から、縁側に風がひどく吹き込んでいます。縁側は水たまりができるほどに雨が溜まっていました。
「出るなって言われたんです。ここで待っていなくちゃ」
がたがたと震える手を握りしめて、わたしは押し入れの中で小さくなっていました。
湿った木綿と綿の匂いに息が苦しくなりそう。
その時でした。
「ああ、こんなとこに隠れていたのか」と声が聞こえたんです。
わたしは悲鳴を上げることも出来ませんでした。がっしりとした手が襖を乱暴に開けて、あまりの強さに襖が外れてしまったんです。
「……っ」
「あいつ一人に任せておかなくて良かった。あんなに簡単にやられちまうなんてな」
剃刀を思わせる冷ややかな目つきで、男がわたしを見下ろしています。
ぐいっと体を引っ張られ、わたしは抵抗しました。
いやよ。ここから離れたりしない。
だって幾久司さんに待っているように言われたんですもの。外に出るなと言われたんですもの。
ふいに目の前を何かがよぎったと思うと、頬に衝撃と痛みを覚えました。
「な……なに?」
自分が叩かれたのだということが、すぐには分かりませんでした。
男は無言で再びわたしの頬をぶちます。
ヤクザである幾久司さんは、わたしに手を上げたりしませんでした。この男は、何のためらいもなく暴力をふるってきます。
「ん? 強情だな。可愛い顔が腫れたら駄目だろう?」
痛む両頬を庇うように、わたしは顔を背けました。押し入れに積まれた布団に顔を埋め、涙を堪えます。
頬が熱いんです。痛くて熱くて、怖くて。
お願い、もう何処かへ行って。
家はあげますから、わたしを放っておいて。
必死でそう願うのに、わたしの体はその男に抱えられ、そして肩に担がれたんです。
男が部屋にでん入って来てから、一分も経っていません。
幾久司さんを呼ぼうと声を上げかけた時。わたしは腹部に激しい痛みを覚えました。
そして暗い部屋がいっそう暗くなり、もう何も見えなくなったんです。
◇◇◇
宇治電を騙る男を半殺しにして、庭の木に括りつけた時。
座敷の方から音が聞こえた。
嵐にかき消される小さな音やったけど。そういう異変は勘違いや空耳やない。
俺は急いで家の中へと戻った。
びしょ濡れのまま縁側に上がり、そして戸が外れた押し入れを見て「やられた」と呟いた。
敵はあいつ一人やなかったんや。
おそらくはあいつが裏切ったり失敗したりせんように、見張りをつけとったんやろ。
「用意周到やな」
はらわたが煮えくり返るくらい、腹が立っとんのに。いや、だからか。俺は自分でも驚くくらい冷静やった。
もし貴世子に傷でもつけられたら、それを脅しにされたら、事態はよけいに悪くなる。
俺は木に縛り上げた暴漢の元へ行き、もう一人のことを尋ねた。
「兄貴のことは言えない」と強情にも反抗したそいつだが、首を手で押さえると存外簡単に白状した。
どうやら借金のカタに手に入れた娘を調教し、遊郭に売り飛ばして利ザヤを稼ぐらしい。
つまり、貴世子は殺されはせぇへんってことや。
俺は焦る気持ちを落ち着かせるために、自分に言い聞かせた。
幾久司さんはそう吐き捨てると、男の服の衿を掴んで縁側へと向かいました。
ずるずると引きずられていく男が、幾久司さんに罵声を浴びせます。けれど歩くことも立つことも出来ないのか、されるがままです。
わたしが恐る恐る室内を覗くと、幾久司さんは雨戸を開けて男を引きずったまま外へと出ました。
まだ颱風は去っていません。
開かれた雨戸や窓の部分から、縁側に風がひどく吹き込んでいます。縁側は水たまりができるほどに雨が溜まっていました。
「出るなって言われたんです。ここで待っていなくちゃ」
がたがたと震える手を握りしめて、わたしは押し入れの中で小さくなっていました。
湿った木綿と綿の匂いに息が苦しくなりそう。
その時でした。
「ああ、こんなとこに隠れていたのか」と声が聞こえたんです。
わたしは悲鳴を上げることも出来ませんでした。がっしりとした手が襖を乱暴に開けて、あまりの強さに襖が外れてしまったんです。
「……っ」
「あいつ一人に任せておかなくて良かった。あんなに簡単にやられちまうなんてな」
剃刀を思わせる冷ややかな目つきで、男がわたしを見下ろしています。
ぐいっと体を引っ張られ、わたしは抵抗しました。
いやよ。ここから離れたりしない。
だって幾久司さんに待っているように言われたんですもの。外に出るなと言われたんですもの。
ふいに目の前を何かがよぎったと思うと、頬に衝撃と痛みを覚えました。
「な……なに?」
自分が叩かれたのだということが、すぐには分かりませんでした。
男は無言で再びわたしの頬をぶちます。
ヤクザである幾久司さんは、わたしに手を上げたりしませんでした。この男は、何のためらいもなく暴力をふるってきます。
「ん? 強情だな。可愛い顔が腫れたら駄目だろう?」
痛む両頬を庇うように、わたしは顔を背けました。押し入れに積まれた布団に顔を埋め、涙を堪えます。
頬が熱いんです。痛くて熱くて、怖くて。
お願い、もう何処かへ行って。
家はあげますから、わたしを放っておいて。
必死でそう願うのに、わたしの体はその男に抱えられ、そして肩に担がれたんです。
男が部屋にでん入って来てから、一分も経っていません。
幾久司さんを呼ぼうと声を上げかけた時。わたしは腹部に激しい痛みを覚えました。
そして暗い部屋がいっそう暗くなり、もう何も見えなくなったんです。
◇◇◇
宇治電を騙る男を半殺しにして、庭の木に括りつけた時。
座敷の方から音が聞こえた。
嵐にかき消される小さな音やったけど。そういう異変は勘違いや空耳やない。
俺は急いで家の中へと戻った。
びしょ濡れのまま縁側に上がり、そして戸が外れた押し入れを見て「やられた」と呟いた。
敵はあいつ一人やなかったんや。
おそらくはあいつが裏切ったり失敗したりせんように、見張りをつけとったんやろ。
「用意周到やな」
はらわたが煮えくり返るくらい、腹が立っとんのに。いや、だからか。俺は自分でも驚くくらい冷静やった。
もし貴世子に傷でもつけられたら、それを脅しにされたら、事態はよけいに悪くなる。
俺は木に縛り上げた暴漢の元へ行き、もう一人のことを尋ねた。
「兄貴のことは言えない」と強情にも反抗したそいつだが、首を手で押さえると存外簡単に白状した。
どうやら借金のカタに手に入れた娘を調教し、遊郭に売り飛ばして利ザヤを稼ぐらしい。
つまり、貴世子は殺されはせぇへんってことや。
俺は焦る気持ちを落ち着かせるために、自分に言い聞かせた。
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