239 / 257
七章
32、しばらくこうしていよか
しおりを挟む
「うーん、絲さんは可愛いなぁ」
え? え? 眠っている蒼一郎さんの腕に閉じ込められて、わたしは身動きが取れなくなりました。
ばたばたを手を動かしても、足をお布団の上でもぞもぞさせても、逃れることができません。
まさに拘束状態です。
「蒼一郎さん。離してください」
「うん、うん」
眠ってらっしゃるの? 寝たふりなの?
分からないままに、蒼一郎さんに頬ずりされました。
いやーん、ちくちくします。
「蒼一郎さんってば」
「うん、そうかそうか、接吻の方がええよな」
えー、そんなこと言ってませんよ。
なのに、今度は接吻の嵐です。
ひたいにも頬にも、鼻にももちろん唇にも。少しかさついた蒼一郎さんの唇に、わたしの顔が襲われています。
「甘い匂いやなぁ。やっぱり赤子がおると、匂いがちゃうなぁ」
蒼一郎さんの喋り方が、突然明瞭になったんです。
「起きてらっしゃるじゃないですか」
「今起きたとこやで」
そう言いつつも、やっぱりくちづけは終わりません。
「絲さんからもしてほしいなぁ」
「そんな……琥太郎さんに見られてしまいます」
「ん? よう寝てるで」
横になったまま肩越しに、蒼一郎さんは琥太郎さんを確認なさいます。
いえ、分かっているんですけれど。
やっぱりわたしから接吻なんて恥ずかしいじゃないですか。
「はよしてくれんと、波多野が来てしまうなぁ。『おはようございます』っていうて襖を開けて入ってくるで」
「嘘です。波多野さんは、いきなり襖を開けたりしませんもの」
「むっ、手強いな」
ふと蒼一郎さんの腕の力が抜けました。ほっとしたのも束の間、今度は手を掴まれたんです。
何を? と問う間もなく、てのひらにくちづけられます。
「くすぐったいです、蒼一郎さん」
「ふふーん、絲さんが俺に接吻してくれへんからやで」
「朝ですよ」
「夜ならええん? 子育て中やから襲ったりしてへんねんけど」
うっ、墓穴を掘ってしまいました。
蒼一郎さんに接吻されるのは慣れていたはずなのに。
琥太郎さんを宿してからは、そういうのが本当に恥ずかしくて恥ずかしくて。
まるで娘に戻ってしまったかのよう。
「ええで、盛大に照れてくれても。初々しくて可愛いし。でも、最後は接吻してもらうけどな。もちろん絲さんから」
にやりと悪人顔で蒼一郎さんが微笑みます。
こういう時です。彼がヤクザの組長だって認識するのは。
蝉の鳴き声が聞こえてきて、気温も上がったのかじっとりと肌が汗ばんできました。
しかも蒼一郎さんったら意地悪だから。ご自分でわたしを閉じ込めているのに「ああ、困ったなぁ。蒸し暑いなぁ」なんて仰るのよ。
「……ん、うう」
「あ、琥太郎さんが起きそうですよ」
縁側に近い方から聞こえてくる小さな声。横たわっている蒼一郎さんの肩からかろうじて顔を出して、琥太郎さんを確認します。
「早く抱っこしてあげないと、ぐずってしまいます」
「うんうん。早く琥太郎のとこに行く為には、絲さんは何をしたらええんか分かっとうよな」
もうっ。仕方ありません。
わたしは意を決して蒼一郎さんに顔を近づけました。
くちづけなんて本当に久しぶり。
緊張して、胸がどきどきするけれど。でも、琥太郎さんが泣いたりしないかと、それも心配で。
「ちゃんと集中せんと、一回で終わらへんで」
「は、はい」
蒼一郎さんの唇に指を触れて、位置を確認します。そうしないと目を開けているのが恥ずかしいから。
「うわ、絲さんに触れられたらときめくわ」
どうして乙女みたいなんですか。
瞼をきつく閉じて、そっと唇を重ねます。
すぐに離すつもりだったのに。
肩をぐいっと抱きしめられて。しかも、蒼一郎さんの舌がわたしの唇の隙間から入り込んできたんです。
な、なな、なっ!
混乱して頭がくらくらしていると、ようやく蒼一郎さんが腕の力を弛めてくれました。
久しぶりの感触が生々しくて、びっくりしすぎて。わたしは瞬きを繰り返すことしかできなかったんです。
「まぁなぁ、赤ん坊は泣くのは仕事やから。ちょっと泣いたからって、いちいち琥太郎の機嫌をとらんでもええんやで」
「そうなんですか?」
「そもそも絲さんが倒れて寝込んだら、琥太郎も困るやろ」
そう言って、蒼一郎さんは柔らかく微笑んだんです。
え? え? 眠っている蒼一郎さんの腕に閉じ込められて、わたしは身動きが取れなくなりました。
ばたばたを手を動かしても、足をお布団の上でもぞもぞさせても、逃れることができません。
まさに拘束状態です。
「蒼一郎さん。離してください」
「うん、うん」
眠ってらっしゃるの? 寝たふりなの?
分からないままに、蒼一郎さんに頬ずりされました。
いやーん、ちくちくします。
「蒼一郎さんってば」
「うん、そうかそうか、接吻の方がええよな」
えー、そんなこと言ってませんよ。
なのに、今度は接吻の嵐です。
ひたいにも頬にも、鼻にももちろん唇にも。少しかさついた蒼一郎さんの唇に、わたしの顔が襲われています。
「甘い匂いやなぁ。やっぱり赤子がおると、匂いがちゃうなぁ」
蒼一郎さんの喋り方が、突然明瞭になったんです。
「起きてらっしゃるじゃないですか」
「今起きたとこやで」
そう言いつつも、やっぱりくちづけは終わりません。
「絲さんからもしてほしいなぁ」
「そんな……琥太郎さんに見られてしまいます」
「ん? よう寝てるで」
横になったまま肩越しに、蒼一郎さんは琥太郎さんを確認なさいます。
いえ、分かっているんですけれど。
やっぱりわたしから接吻なんて恥ずかしいじゃないですか。
「はよしてくれんと、波多野が来てしまうなぁ。『おはようございます』っていうて襖を開けて入ってくるで」
「嘘です。波多野さんは、いきなり襖を開けたりしませんもの」
「むっ、手強いな」
ふと蒼一郎さんの腕の力が抜けました。ほっとしたのも束の間、今度は手を掴まれたんです。
何を? と問う間もなく、てのひらにくちづけられます。
「くすぐったいです、蒼一郎さん」
「ふふーん、絲さんが俺に接吻してくれへんからやで」
「朝ですよ」
「夜ならええん? 子育て中やから襲ったりしてへんねんけど」
うっ、墓穴を掘ってしまいました。
蒼一郎さんに接吻されるのは慣れていたはずなのに。
琥太郎さんを宿してからは、そういうのが本当に恥ずかしくて恥ずかしくて。
まるで娘に戻ってしまったかのよう。
「ええで、盛大に照れてくれても。初々しくて可愛いし。でも、最後は接吻してもらうけどな。もちろん絲さんから」
にやりと悪人顔で蒼一郎さんが微笑みます。
こういう時です。彼がヤクザの組長だって認識するのは。
蝉の鳴き声が聞こえてきて、気温も上がったのかじっとりと肌が汗ばんできました。
しかも蒼一郎さんったら意地悪だから。ご自分でわたしを閉じ込めているのに「ああ、困ったなぁ。蒸し暑いなぁ」なんて仰るのよ。
「……ん、うう」
「あ、琥太郎さんが起きそうですよ」
縁側に近い方から聞こえてくる小さな声。横たわっている蒼一郎さんの肩からかろうじて顔を出して、琥太郎さんを確認します。
「早く抱っこしてあげないと、ぐずってしまいます」
「うんうん。早く琥太郎のとこに行く為には、絲さんは何をしたらええんか分かっとうよな」
もうっ。仕方ありません。
わたしは意を決して蒼一郎さんに顔を近づけました。
くちづけなんて本当に久しぶり。
緊張して、胸がどきどきするけれど。でも、琥太郎さんが泣いたりしないかと、それも心配で。
「ちゃんと集中せんと、一回で終わらへんで」
「は、はい」
蒼一郎さんの唇に指を触れて、位置を確認します。そうしないと目を開けているのが恥ずかしいから。
「うわ、絲さんに触れられたらときめくわ」
どうして乙女みたいなんですか。
瞼をきつく閉じて、そっと唇を重ねます。
すぐに離すつもりだったのに。
肩をぐいっと抱きしめられて。しかも、蒼一郎さんの舌がわたしの唇の隙間から入り込んできたんです。
な、なな、なっ!
混乱して頭がくらくらしていると、ようやく蒼一郎さんが腕の力を弛めてくれました。
久しぶりの感触が生々しくて、びっくりしすぎて。わたしは瞬きを繰り返すことしかできなかったんです。
「まぁなぁ、赤ん坊は泣くのは仕事やから。ちょっと泣いたからって、いちいち琥太郎の機嫌をとらんでもええんやで」
「そうなんですか?」
「そもそも絲さんが倒れて寝込んだら、琥太郎も困るやろ」
そう言って、蒼一郎さんは柔らかく微笑んだんです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
687
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる