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七章

22、眠ってくれません

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 わたし、知らなかったんです。
 赤ちゃんって、長く眠っているものだと思っていたの。
 でも、寝るのって体力がいるものね。わたしも具合が悪い時は、眠りたいのに眠れなくて。お布団の中で、ただ漫然と時間が過ぎて体力が戻るのを待つばかりですもの。

 こんな小さな赤ちゃんが、しっかりと眠ってくれるなんて。有り得ないのね。

「絲さん。もう入ってもええか?」
「はい。どうぞ」

 琥太郎さんの授乳が終わり、寝間着を整えると蒼一郎さんが病室に入ってきました。
 えーと、確か背中をとんとんするんですよね。
 そうしないと赤ちゃんは、吐いてしまうから。

「はーい、琥太郎さん。いい子ね」

 とんとんと背中を軽く叩くのですが、なかなか「けふっ」という音は聞こえません。
 ちゃんと空気を出さないと、戻しちゃいますよ。

「ん? 琥太郎。げっぷできへんのか。俺に貸してみ」

 もう慣れた蒼一郎さんは、自ら琺瑯の器に手を浸して、それから琥太郎さんを受け取ります。

「よしよし、琥太郎。もうお腹いっぱいやんな。ちゃんと空気を吐こな。せやないと絲さんが心配するで」

 ほんの少し蒼一郎さんが、とんとんしただけで、琥太郎さんは「けふっ」と空気を吐きました。
 そして、つぶらな瞳で「じょうずにできたよ」とでも言いたげに、わたしを見つめています。

「おお、えらいなぁ。琥太郎は。さすがやで」

 最初の頃は蒼一郎さんに抱っこされるのが苦手だった琥太郎さんですけれど。たくさん褒められて、今は慣れているみたいです。
 言葉が分かるのかしら。

 それにしても授乳って痛いんですね。胸は以前よりも大きくなって、蒼一郎さんは「初めて絲さんの胸が大きいのを見たわ」なんて失礼なことを言うんですけど。

 でもね、胸が張ってとても痛くて苦しいの。それに飲ませる時も、たとえ琥太郎さんにまだ歯が生えていなくても、噛まれる感じで痛いんです。

「うう。早くご飯を食べられるようになってくださいね」
「無茶言うなぁ。絲さんは」

 お腹を切った後の痛みは、もう治まったので。蒼一郎さんは琥太郎さんを抱っこしたまま、寝台に腰を下ろしました。
 沈み込むマットレス。こんな風に横並びに座るのは、久しぶりな気がします。

 外からは蝉の声が賑やかに聞こえてきました。まだ夕凪の時間には早く、海風が白いカーテンをひらめかせています。

 どこかのお部屋から聞こえてくる赤ちゃんの泣き声。ちりんちりん、という鈴の音は、お豆腐を売っているのかしら。

 あら、琥太郎さんの瞼が落ちてきたわ。眠くなったのね。

 蒼一郎さんもそれに気づいたようで、琥太郎さんをそーっと小さな寝台に降ろします。
 ええ、二人とも声を出さずに静かにしていたんですよ。

 でも、琥太郎さんの背中がお布団についた途端、泣きだしたんです。

「あら、あらあら。どうしたの」
「ん? もしかして抱っこがええんか?」
「背中に何かが刺さったのかしら」

 琥太郎さんの寝間着の紐をほどき、背中に触れて確認しますが。柔らかな肌を傷つけるものは何もありません。

 ほろほろと涙を流しながら、か弱い声で泣かれると、わたしまでつらくなってしまって。琥太郎さんをぎゅっと抱きしめたの。

 温かくて柔らかくて。ええ、そうね。一人でお布団に入るのは嫌よね。

「……なんか感動する要素はあったか?」
「いえ、あまりにも切なくて」
「うん。絲さんは素直やからな」

 呆れたように小さく息をつきながら、蒼一郎さんは「琥太郎はなかなかに策士やな」と呟きました。
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