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七章
18、琥太郎さん
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「生まれた日って、なんか人生に影響するやん。ほら、嵐の日に生まれたら雨男になるとか」
「そうなんですか?」
「うん」
蒼一郎さんは、お知り合いの方の名前を出して「あいつと一緒に出掛けると、雨具必須やねん」と苦笑なさいました。
そして「まぁ、その日の天気が事前に読めて、ええんやけど」とも。
「望月ほど完璧やと、孤高の存在すぎて人を寄せ付けにくいやろ」
「ええ」
「けど。十三夜はあとほんの少しで完璧になる月や。秋の十三夜は、十五夜に並ぶ美しさやろ。十三夜に生まれたこの子は、完璧すぎへんからこそ孤独にはならへん」
とても嬉しそうに蒼一郎さんは笑ったの。
「せやから、今日の月の色である琥珀から文字をもろてん。十三太郎とか月太郎より風情があってええやろ」
冗談みたいな他の名前を挙げられて、わたしは思わず苦笑してしまいました。
「どんな名前でも蒼一郎さんがつけてくださったのなら、素敵ですよ。でも琥太郎さんが一番ですね」
「絲さんなら、そう言うてくれると思たわ」
「早く会いたいですね、琥太郎さんに」
わたしの言葉に、蒼一郎さんは首を傾げます。
窓辺にあった椅子を引いて、わたしが横になっている寝台の側に腰を下ろしました。
振動があると切った痕が痛むので。毛布に触れないように気を遣っていらっしゃいます。
蒼一郎さんもきっと手術をなさったことがあるのね。
だから、傷痕の痛みが分かるんだわ。
「ところで、なんで『琥太郎さん』なん?」
「え?」
「いや、まだ会ってないやろけど、我が子やで。しかも相手は嬰児や。『さん』づけは丁寧すぎへんか?」
「それもそうですね」
でも、朧げな記憶の中で「琥太郎さん」と呼びかけたように思うんです。だから自然にそう口から出てしまったのかもしれません。
水墨画のように霞がかかった光景の中。真っ赤な……一面真っ赤な花が咲いていて。あれは何の花だったのでしょうか。
其処で「こたろう」という名を聞いた気がするんです。
もしかして、気づかぬ内に蒼一郎さんが側で名前を呟いていたのかしら。
だとしたら納得がいきます。
「今から琥太郎さんに会えないかしら」
「それはあかん。絲さんは上体を起こすのも難しいやろ」
蒼一郎さんは、慌てて手を振ります。
でも、母親であるわたしはまだ会ってないんですよ。
ほんの少し前まで一緒にいたといっても、それはお腹の中ですから。顔を見ることはできませんし。
「蒼一郎さんだけずるいです」
「うっ、うん。それを言われるとつらいなぁ」
困ったように腕を組んで唸っていらっしゃいましたが、蒼一郎さんはふと顔を上げました。
そして真剣な面持ちで、わたしをご覧になるんです。
「絲さん、手ぇ出してみ。傷に障らんようにするから」
命じられるままに手を差し伸べると、蒼一郎さんの両手が、わたしの右手を包み込みました。
温かくて大きな手。
わたしの手が冷えきっている所為でしょうか。むしろ熱く感じるほどです。
「ほんまによう頑張ったな。ありがとう」
「蒼一郎さん」
「琥太郎もきっとそう思てる。俺は絲さんと琥太郎という家族が出来て、ほんまに嬉しいんや」
蒼一郎さんが仰るには、術後のわたしは正直危なかったのだそうです。
脈は弱く、血液が足りていない上に栄養を取ることも出来ず。
自分では覚えていないのですが、鉄を補給する薬を投与されると、吐いてしまったらしいのです。
「人生で、こんなに神さまに祈ったんは初めてや。絲さんと琥太郎が無事やったら、俺の命を捧げてもええと思った」
わたしの手を握りしめる蒼一郎さんの指が、小刻みに震えています。
そんなにも心配をかけていたなんて。わたしは自分が起き上がることが出来ないので、そういちろうさんを手招きしました。
「ん? なんや、接吻したいんか?」
「ち、違います。お礼を言おうと思ったんです」
「なーんや」と蒼一郎さんは肩をすくめますが。緊張が和らいだ雰囲気から、気を遣って軽口を叩いたのだと分かりました。
「そうなんですか?」
「うん」
蒼一郎さんは、お知り合いの方の名前を出して「あいつと一緒に出掛けると、雨具必須やねん」と苦笑なさいました。
そして「まぁ、その日の天気が事前に読めて、ええんやけど」とも。
「望月ほど完璧やと、孤高の存在すぎて人を寄せ付けにくいやろ」
「ええ」
「けど。十三夜はあとほんの少しで完璧になる月や。秋の十三夜は、十五夜に並ぶ美しさやろ。十三夜に生まれたこの子は、完璧すぎへんからこそ孤独にはならへん」
とても嬉しそうに蒼一郎さんは笑ったの。
「せやから、今日の月の色である琥珀から文字をもろてん。十三太郎とか月太郎より風情があってええやろ」
冗談みたいな他の名前を挙げられて、わたしは思わず苦笑してしまいました。
「どんな名前でも蒼一郎さんがつけてくださったのなら、素敵ですよ。でも琥太郎さんが一番ですね」
「絲さんなら、そう言うてくれると思たわ」
「早く会いたいですね、琥太郎さんに」
わたしの言葉に、蒼一郎さんは首を傾げます。
窓辺にあった椅子を引いて、わたしが横になっている寝台の側に腰を下ろしました。
振動があると切った痕が痛むので。毛布に触れないように気を遣っていらっしゃいます。
蒼一郎さんもきっと手術をなさったことがあるのね。
だから、傷痕の痛みが分かるんだわ。
「ところで、なんで『琥太郎さん』なん?」
「え?」
「いや、まだ会ってないやろけど、我が子やで。しかも相手は嬰児や。『さん』づけは丁寧すぎへんか?」
「それもそうですね」
でも、朧げな記憶の中で「琥太郎さん」と呼びかけたように思うんです。だから自然にそう口から出てしまったのかもしれません。
水墨画のように霞がかかった光景の中。真っ赤な……一面真っ赤な花が咲いていて。あれは何の花だったのでしょうか。
其処で「こたろう」という名を聞いた気がするんです。
もしかして、気づかぬ内に蒼一郎さんが側で名前を呟いていたのかしら。
だとしたら納得がいきます。
「今から琥太郎さんに会えないかしら」
「それはあかん。絲さんは上体を起こすのも難しいやろ」
蒼一郎さんは、慌てて手を振ります。
でも、母親であるわたしはまだ会ってないんですよ。
ほんの少し前まで一緒にいたといっても、それはお腹の中ですから。顔を見ることはできませんし。
「蒼一郎さんだけずるいです」
「うっ、うん。それを言われるとつらいなぁ」
困ったように腕を組んで唸っていらっしゃいましたが、蒼一郎さんはふと顔を上げました。
そして真剣な面持ちで、わたしをご覧になるんです。
「絲さん、手ぇ出してみ。傷に障らんようにするから」
命じられるままに手を差し伸べると、蒼一郎さんの両手が、わたしの右手を包み込みました。
温かくて大きな手。
わたしの手が冷えきっている所為でしょうか。むしろ熱く感じるほどです。
「ほんまによう頑張ったな。ありがとう」
「蒼一郎さん」
「琥太郎もきっとそう思てる。俺は絲さんと琥太郎という家族が出来て、ほんまに嬉しいんや」
蒼一郎さんが仰るには、術後のわたしは正直危なかったのだそうです。
脈は弱く、血液が足りていない上に栄養を取ることも出来ず。
自分では覚えていないのですが、鉄を補給する薬を投与されると、吐いてしまったらしいのです。
「人生で、こんなに神さまに祈ったんは初めてや。絲さんと琥太郎が無事やったら、俺の命を捧げてもええと思った」
わたしの手を握りしめる蒼一郎さんの指が、小刻みに震えています。
そんなにも心配をかけていたなんて。わたしは自分が起き上がることが出来ないので、そういちろうさんを手招きしました。
「ん? なんや、接吻したいんか?」
「ち、違います。お礼を言おうと思ったんです」
「なーんや」と蒼一郎さんは肩をすくめますが。緊張が和らいだ雰囲気から、気を遣って軽口を叩いたのだと分かりました。
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