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七章

9、入院

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 三條邸とは違う天井を、わたしは見上げていました。
 若先生に来ていただいた翌朝。わたしは海岸通りの病院に入院しました。

 木造の鎧壁は薄荷色で、知らなければ病院とは分からない洋風の建物です。
 
「どうですか? 落ち着かれましたか?」
「あ、はい」
「ああ、起きなくて結構ですよ」

 白衣をお召しになった初老のお医者さまが、看護婦さんを伴ってわたしが寝ている寝台にいらっしゃいました。

「風を入れましょうね」と、看護婦さんが窓を開きます。
 それまで部屋に満ちていた消毒薬の匂いが薄れます。ひんやりとした海風は、松の香りを運んできました。
 ああ、浜が近いのだわ。

「危ないところでしたね。もう少し遅ければ、二人とも命を落としていたかもしれません」
「二人?」

 お医者さまは頷きました。

 二人って。もしかして蒼一郎さんに何かあったの?
 わたしが知らない間に、蒼一郎さんも同じ目に遭っていたの?

「あ、あの。蒼一郎さんは……付き添いの男性は」
「廊下で待っていらっしゃいますよ」

 答えてくれたのは看護婦さんでした。
 膨らんだ袖に、まるでドレスのようにも見える白い服。ぽわんと膨らんだ白い帽子には赤い十字が染めてあります。

「ご主人は、若い奥さまを大事になさっているんですね。一晩中、寝ずにいらしたんですよ」

 え? 蒼一郎さんではないの?
 しかも寝ずに待っていてくれたって。

 申し訳なさや、理解できない事態にわたしは言葉を失いました。
 けれど、続く先生の言葉にもっと驚いたんです。

「まぁ、お母さんも赤ちゃんも無事で良かった」
「赤ちゃん? あの、どなたかと勘違いなさってませんか?」
「ん? してませんよ。あなたのお腹の中に命が宿ってるんです」

 え? ええっ? えええーっ?

 わたしは驚きのあまり、ぽかんと口を開きました。

「ああ、ご主人に入って来てもらってください。説明がありますから」

 お医者さまに指示された看護婦さんは、廊下に出て蒼一郎さんを呼びました。

「絲さん。無事かっ」
「あの、病院ですから。お静かに」

 病室に入っていらした蒼一郎さんは、お医者さまが注射器を取りだしたのを見て、大きく目を見開きました。

 金属の筒に、鋭い穿刺針せんしばり。筒には指を通す輪が三つついています。

 わたしは子どもの頃から注射は慣れているんですが。蒼一郎さんは「あかん……後生やから。そんなん絲さんに刺さんといて」と呟きました。

「あの、蒼一郎さん。窓の外でもご覧になって」

 針の刺さる痛さと、途中でなぜか針を動かされる痛さ。それに針を抜く時の痛さと、三回痛みを我慢しなければならないので。
 その時のわたしの表情を、蒼一郎さんがご覧になったら……そう思うと、気が気ではありません。

「先生。俺が代わりに注射されるから。俺は刺青で、針には慣れとうから」
「……うん、ご主人は静かにしておいてもらおうかな」

 結局、蒼一郎さんはお部屋から追い出されてしまいました。
 だって羽織の袖をめくって「絲さんを虐めんといたってくれ」と言って、先生に腕を差し出すんですもの。
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