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七章

8、往診

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 どういうことや。
 絲さんの顔が真っ青や。しかもほんのちょっと寝返りを打つだけで吐き気がするんか、苦しそうや。

「お腹が……痛い、です」
「今、若先生が来てくれるからな」
「くるし、い」

 か細い言葉の通り、よっぽど苦しいんか絲さんは布団を掻きむしっている。
 どっちを向いたら楽なんか探しとんのやろ。首を左右に動かしては、眉間にしわを寄せて唇を噛みしめる。

 その唇も紙みたいに白い。
 腹が痛いって、盲腸やろか。
 晩飯は俺とおんなじもんを食べたから。食あたりやないと思うけど。

 けど、絲さんは遠野の実家におった時に、家族の誰一人としてあたらんかった牡蠣にあたって、吐いたことがあるらしい。

 今日の晩飯は……ああ、なんやったか思い出されへん。
 けど、そんな悪そうなもんは食ってへん。
 絲さんは食欲がのうて、さほど口にしてへんかったし。せやから林檎をすりおろしたんを食べさせたんや。

 料理番も、絲さんがうちに来てからは衛生面にめっちゃ気ぃ遣とうし。

 どないしたんやろ。どうしたらええんやろ。
 
 水を飲ませてやりたいのに。ほんの少し水分を口に含んだだけでも、絲さんは吐きそうになる。
 
 絲さん、死なんといて。
 ああ、俺が代わってあげたいのに。ただでさえ体力のない虚弱な絲さんが、さらに苦しむやなんて。

 世の中には、悪い奴がぎょうさんおって。そいつらはのうのうと生きてるのに。
 なんで、こんな優しいて可愛い絲さんが苦しまなあかんねん。

 貧血ってなんや。
 元々、絲さんは血が薄いみたいらしいけど。
 俺の血を分けたったらええんか?

カシラ。若先生がお見えになりました」
「こっちや、先生」

 波多野の声が聞こえて、俺は堪らずに廊下に飛び出した。

 俺らの部屋は火鉢で温められとうけど。廊下は、しんと冷えた空気に包まれとった。

「若先生、絲さんがしんどそうやねん。助けたって。頼むわ」

 ひょろりとした若先生やけど、今日ばかりはほんまに頼りになると思た。
 俺が若先生の両肩を掴んで、ぶんぶんと前後に揺らしたもんやから。
 先生の眼鏡は、ずれてしもた。

◇◇◇

 ひんやりとした細い手が、わたしのおでこに当てられました。

 誰? うっすらと瞼を開くと、お医者さまがわたしの顔を覗きこんでいらっしゃいました。

 ああ、もう大丈夫。
 そう思ってほっとした途端。強烈な腹痛に襲われたんです。

「絲お嬢さん。出血はありますか?」

 わたしの手を取って脈を計りながら、若先生が尋ねます。

 けれどわたしは痛くて、ちゃんと答えることができません。
 意識がふっと遠くなると、次に激しい腹痛で現実に引き戻されます。

 苦しい……どうして、こんな。
 助けて、蒼一郎さん……。

「け、怪我はしてへん。出血って、どういうことや?」
「いや、あの。三條さんではなく絲お嬢さんに訊いているので。その、男性には難しいかと」
「なんでや。若先生も男やんか」

 いつもは穏やかでゆったりとなさっている蒼一郎さんが、とても焦っているの。
 ごめんなさい。わたしが心配をかけているんですよね。

 声を振り絞って、先生に症状を訴えました。
 これでお薬を処方していただいて、良くなるはず。

 なのに、先生は「入院しましょう」と仰ったんです。
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