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七章

7、今年の冬【2】

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「どうしてもっと丈夫な体に生まれてこなかったのかしら」

 ぽつりとわたしは呟きました。

 卒業を待たずに、輿入れをする生徒も多いけれど。でも、それはおめでたいことですから。やむを得ない退学や留年とは違います。

 わたしは皆の背中を、ひるがえる着物の袂や風になびくリボンを追いかけながら、必死に歩くのが精いっぱいで。
 置いていかれるのが怖くて……。なのに、わたしだけとても歩くのが遅くて。

 ああ、そうだわ。わたしはたった一人で、皆を見送るのがつらいのだわ。
 馬鹿ね。まるで子どもみたい。

 自分でも気づかぬ内に、お布団を握りしめていたみたいです。

 赤い花模様のモスリンの掛け布団の上に置いた手。その手の甲にぽとりと涙の雫が落ちました。

 自分が泣いているのだと、最初は気付きませんでした。
 ええ、雨漏りかしらと思ったの。
 でも、外で降っているのは雪のはずです。

「絲さん」

 ふわりと、肩に何かが掛けられました。とても軽くて温かくて、柔らかな物。

 それは、今さっきまで蒼一郎さんが編んでいらした水色の毛糸の一枚布でした。

「ごめんな、絲さん。俺が絲さんの時間を奪ってしもとうから」

 わたしは、ふるふると首を振ります。

 蒼一郎さんと暮らすことは、わたしが選んだ道です。それに家事をしているわけではないんですもの。なのに通學ができないなんて、わたしが虚弱すぎるから。
 そう言いたいのに、言葉になりません。

 泣くのを堪えると、肩が小刻みに震えます。蒼一郎さんは、編み上げたばかりの布ごと、わたしを抱きしめてくださいました。

「やっぱり若先生に来てもらお。薬を出してもろたら、元気になるで」
「はい」

 わたしを元気づけようと、蒼一郎さんは笑顔です。
 でもね、眉が少し下がっているの。
 
 お願い、そんなつらそうな顔をなさらないで。わたしの存在が、あなたを苦しめるなんて。絲は嫌です。

「蒼一郎さん、肩掛けを編んでいらしたんですね」
「……いや、ひざ掛けなんやけど。まぁ、どっちでもええかな」

 敢えて明るく話題を変えると、蒼一郎さんは照れくさそうに、少し横を向きました。
 
「絲さんは、俺の色を蒼やと言うたやろ。俺にとっての絲さんは、淡くて薄い水色やねん。春の空みたいな色や」

 せやから元気になって、春になったら汽車に乗って桜を見にいこな、と蒼一郎さんは仰いました。

 ええ、ええ。川沿いにずらりと植えられた桜並木は、それはもう春を凝縮したかのように美しくて。
 花びらが川面に浮かぶさまも、そぞろ歩く人の帽子や肩に花びらが落ちる様子も。
 何もかもが華やいで。
 
「約束ですよ。絲を連れて行ってくださいね」
「夜桜もええなぁ。ぼんぼりに浮かび上がる桜は、幽遠の趣があるやろなぁ」

 蒼一郎さんと小指を絡めて指切りをするわたしは、いつしか涙が止まっていました。

 わたしの為に編んでくださったひざ掛け。とても柔らかくて暖かで、ほんの少し編み目の大きさが揃っていないひざ掛けが、わたしの大のお気に入りになりました。

 ちゃんと養生してお薬も飲んで、春にはきっと桜を見に行くんです。

 ですが、その夜。
 わたしは貧血で、お布団から起き上がることもできなくなりました。
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