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六章

37、温泉地での日々【1】

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 さらさらと、せせらぎの音が聞こえます。
 わたしは浅い眠りの中を漂っていました。

 手を誰かに握られて。いいえ、誰かではないは。この大きな手は蒼一郎さんよ。間違えるはずがないわ。

「ごめんな、絲さん。俺は勘違いとしとったみたいや」

 ええ、ええ。そうですよ。
 観覧車は決して拷問の道具ではありませんし、わたしは拷問を見たいわけでもないんです。

 蒼一郎さんの声は、実際に聞こえてきたはずなのに。
 わたしの周囲は光溢れるルナパァクの光景が広がっていました。

「ごめんな、絲さん。いつか一緒に観覧車に乗ろな」

 ええ、ええ。そうなの。絲は蒼一郎さんと並んで座って、空に近い場所に行きたかっただけなんです。

 わたしが目を開けた時、心配そうに覗きこむ蒼一郎さんの顔が見えました。
 
「ごめんな、絲さん。怖がらせてしもて」

 しゅん、とうなだれる蒼一郎さんが愛らしくて。でも、怖がるって何のことかしら? と思ったわたしは指を詰めるとか……思い出してしまいました。

 だめ、忘れなくては。
 蒼一郎さんにとっては、見知った現実かもしれませんが。わたしは、そこに立ち入る必要はないんです。
 
「ほんまにごめんな。絲さんがいつも近くにおってくれるから、ついお嬢さん育ちやっていうことを失念してしまうねん」

 大きくてごつごつした手が、わたしの頭を撫でてくださいます。
 
 わたしも時々忘れてしまうんです。
 蒼一郎さんが優しくていらっしゃるから。わたしとは違う世界の方だということを。

「観覧車は子どもっぽいですよね」
「そんなことあらへん。むしろ拷問と間違うたくらいや」

 ふふっ、とわたしは自然に笑みがこぼれました。
 想像してしまったの。
「大丈夫です、怖くないですよ」と言いながら、蒼一郎さんの手を引っ張って観覧車に乗る自分の姿を。
 
「いつか、ご一緒しましょうね」
「せやな、約束やな」

 わたしの小指に、蒼一郎さんはそっと小指を絡めました。

◇◇◇

 温泉地で過ごす日々は、とても穏やかでゆったりと過ぎていきました。
 夕食後、窓際の広縁の椅子に座った蒼一郎さんからは、温泉の香りがしています。
 
 寒くなる時期ですし、この温泉街は高地にあるのに、わたしもあまり冷えなくなりました。

 滞在している間に、よりいっそう紅葉が鮮やかになったみたいです。
 お庭の燈籠とうろうに照らされた木々は、燃えているように真っ赤でした。

「絲さん、体はしんどないか?」
「はい」
「そうか、よかった。おいで」

 手招きをされて、わたしは蒼一郎さんの元へと向かいます。
 それが合図です。
 
 最近は、衝動に駆られて抱かれるという感じではなく、蒼一郎さんはとても穏やかにわたしを抱くんです。

 浴衣姿のわたしを、蒼一郎さんは膝に乗せました。

「またいでもろても、ええんやけど」
「そんなはしたないこと……できないです」

 帯を解かれながら、わたしは恥ずかしさでうつむきました。
 部屋は火鉢で温められ、素肌をさらしてもさほど寒くはありません。

「絲さんから、温泉の匂いがする」
「蒼一郎さんもですよ」
「うん。けど、絲さんの方が甘い香りやなぁ」

 そう呟きながら、蒼一郎さんはわたしの首筋に接吻なさいました。
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