女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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六章

35、憧れのルナパァク【1】

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 朝食後、蒼一郎さんと一緒に散策していると、不思議な場所を発見しました。

 一見するとます釣り場のような人口の池があって、舟が浮いています。四阿あずまやもあって、夏の避暑にはよさそうな場所です。

「やはり鱒かしら」
「んー? 養殖池ではなさそうやで。釣り堀でもないなぁ」

 隣を歩く蒼一郎さんは、羽織をまとった腕を組んで門のようなものを見上げました。

「ルナパァク」
「お月さまの公園ですか? 風情がありますね」

 門に扉はついておらず、二本の柱の上に確かに「ルナパァク」と透かし彫りになった看板が掛けられています。

 少し入ってみると。まぁ、素敵。木製観覧車があるじゃないですか。

 わたしは嬉しくなって、蒼一郎さんの袖を引っ張りました。
 今日のわたしは洋装なので、動きが軽やかなんです。
 
「観覧車って本当にあるんですね。わたし、欧州帰りのお友だちから聞いたことがあるんです」

 確かデュアハウスバッケンでしたかしら。鹿公園という名の、丁抹デンマークの森に囲まれた美しい公園。その中にある小さくて夢のような遊園地だそうです。

「観覧車って、あのでかい水車みたいなのん?」
「はい、そうですよ」

 蒼一郎さんは「うへー」という風に、顔をしかめました。

「なんか椅子がついとうで。しかもむき出しの」
「その椅子に座ると、あの輪っかがぐるぐると回るんです」
「えげつな。それはなんかの拷問?」

 あごに手を当てた蒼一郎さんは、今度は眉根を寄せました。
 もうっ。風情を解さない方ですね。

 観覧車はわたしも見るのは初めてですけれど。でも箱型の椅子がゆっくりと上に運ばれていくんです。
 きっと蒼一郎さんの頭の中では、あの木製の大きな輪っかが高速で回転すると思ってらっしゃるんだわ。

「高さにして一階の軒くらいしかありませんよ」
「何言うとん。人間なんか階段二段くらいの高さでも、落ちたら危ないんやで」
「でも」

 わたしはなおも食い下がります。蒼一郎さんは組んでいた腕を外して、わたしの頭に手を載せました。
 そして優しく微笑んだの。

「なぁ、絲さん。俺にとって絲さんは大事な人や。そんな人をあんな危険極まりない物騒なもんに乗せられると思うか?」

 むむ。これは難敵です。
 ルナパァクは営業が日が暮れてからのようで、今は開場していませんけど。
 蒼一郎さんを説得するのは難しそうです。

 わたしは後ろ髪を引かれる思いで、ルナパァクを後にしました。
 期間限定の遊園地ですよ。
 次に訪れた時にも、ルナパァクが存在しているか分かりませんよ。

◇◇◇

 困ったなぁ。
 俺は絲さんの手を引きながら、小さくため息をついた。

 なんや、あの観覧車とかいうヤツ。水車に人を括りつけて、水責めにするという拷問があるが。絲さんは、そんなのに憧れとんか?

 しかも一人やのうて、何人も水に沈めるんやろか。椅子に座らせて。
 ちょうど側に池もあるし。

 はっ。そういえば絲さんは女學院で友人から拷問とかの責め絵を見せられとった。
 というか、興味津々そうやった。

 そないに拷問だの尋問だのが見たいなら、他の組に頼んで見学させてもらうのに。
 せやなぁ、懇意にしとう名原組は賭博でイカサマがあると、なかなかえげつない罰を与えるというなぁ。
 今度、組長の娘の冬野に相談して、絲さんを見学させてもらおか。

「なぁ、絲さん」

 何度もルナパァクとやらを振り返りながら、絲さんはちらっと俺を見上げた。

 ああ、そんな切なそうな寂しそうな瞳をせんといてくれ。
 俺は絲さんを危険な目に遭わせたないんや。
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