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六章
34、納豆は出ません
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お粥に鹿肉の時雨煮、鯖の塩焼き、お野菜の白和えとお漬物にお味噌汁という、とても美味しそうな朝食がお部屋に運ばれてきました。
それに温泉卵もあります。
朱塗りのお膳を前に、蒼一郎さんと向かい合っていただきます。
すり胡麻の入った白和えがやさしい甘さで、口に含むとほわーっとします。
「うちの家では、こういうの出ぇへんな」
「男性が多いですから。甘い味はあまりお酒に合わないのかもしれませんね」
蒼一郎さんも甘い味付けのお豆腐が得意ではないのかしら。あまりお箸を伸ばしません。
そういえば白和えだけではなく、高野豆腐も甘いですよね。
「絲さん。これ、やるわ」
「行儀悪いけど」と言いながら、蒼一郎さんが白和えの入った器を、わたしに手渡します。
「それならお返しです」
「お返し?」
わたしは鯖の塩焼きを差し出しました。
ぱりっと皮が焼かれた鯖です。
「あかんで。ちゃんと食べな」
「でも一皿増えたので」
「いや、豆腐よりも魚やろ。なんか体力がつきそうやん」
わたしは渋々お皿を、自分のお膳に戻しました。
だって、鯖は脂がきついんですもの。
「ゆっくりでええから、ちゃんと食べなさい」
「……はい」
子どもを作ると宣言したからかしら。
これまでよりも、蒼一郎さんが厳しい気がします。食とか健康に対して。
でも、鯖を食べなかったからって、さほど問題はあるのかしら。
◇◇◇
結局、絲さんは鯖を半分残した。しかも腹の部分、そう脂のきついとこや。
まぁ、しゃあないか。
慣れてへんはずの鹿肉は、生姜やら醤油で甘辛く炊いて、しかもほぐしてあるから。絲さんは食べられたみたいやけど。
どうせ鯖は残すやろと思て、白和えを余分に食べさせたんや。
豆腐より魚というたけど。豆腐も悪ないからな。
俺、ちょっと口うるさいやろか?
「蒼一郎さんって、納豆は召し上がったことがありますか?」
「あるで? 好きやないけど」
「わたし、ないんです」
せやろなぁ。
絲さんには難しい味と匂いやろ。あと、糸を引くんも。
はっ。もしかして。
――絲って、納豆の糸のことちゃうんか? ねばねばー。
――うっううっ。ちがうもん。その糸じゃないもん。絲、ねばねばじゃないもん。
――ほらー。自分で糸って言った。納豆の糸やろ。
こんな風に誰かにからかわれて、泣いたことがあるんとちゃうやろか。
と考えて、俺は首を振った。
いや、ちゃうて。絲さんは男児のおらん女學院育ちや。
そないな意地悪いう奴はおらんやろ。
というか、もしおったら。俺がシメる。簀巻きにして瀬戸内海に沈める。
もしくはそいつの穴という穴に名産のいかなごを詰める。もちろん俺は手ぇ下さへんけど。
当然のことながら俺の杞憂やったみたいで、絲さんは納豆に関しては何も思うところがなさそうやった。
「もしかして旅館の朝食って、納豆が出るのかしらとドキドキしていたんですけど。出なくて良かったのかしら?」
「女将に頼んでみよか。納豆を出してほしいって」
「いえいえ」と絲さんは盛大に首を振った。
そのせいで、箸に挟んどった漬物がぽろりと落ちる。落ちたのは皿の上やったから、大丈夫やけど。
もし、納豆を服の上に落としたらと思うと……やっぱり頼まん方がええやろ。
そもそも関西の人間は、納豆は食べへんしな。
絲さんと二人の朝食は、いつもゆったりとしとうけど。
三條の家と違て、組員の野太い声が聞こえてこぉへんから、さらに穏やかや。
季節外れの鶯の声、それに川のせせらぎ。
絲さんの声も、普段よりよぉ聞こえる気がする。
ええなぁ。
絲さんが来る前の自分の家は好きでも嫌いでもなかった……というか関心がなかったけど。絲さんが来てからは、自分ちが本当に好きになった。
でも、絲さんと二人きりでいられるなら。そこは最高の場所になるんやな。
それに温泉卵もあります。
朱塗りのお膳を前に、蒼一郎さんと向かい合っていただきます。
すり胡麻の入った白和えがやさしい甘さで、口に含むとほわーっとします。
「うちの家では、こういうの出ぇへんな」
「男性が多いですから。甘い味はあまりお酒に合わないのかもしれませんね」
蒼一郎さんも甘い味付けのお豆腐が得意ではないのかしら。あまりお箸を伸ばしません。
そういえば白和えだけではなく、高野豆腐も甘いですよね。
「絲さん。これ、やるわ」
「行儀悪いけど」と言いながら、蒼一郎さんが白和えの入った器を、わたしに手渡します。
「それならお返しです」
「お返し?」
わたしは鯖の塩焼きを差し出しました。
ぱりっと皮が焼かれた鯖です。
「あかんで。ちゃんと食べな」
「でも一皿増えたので」
「いや、豆腐よりも魚やろ。なんか体力がつきそうやん」
わたしは渋々お皿を、自分のお膳に戻しました。
だって、鯖は脂がきついんですもの。
「ゆっくりでええから、ちゃんと食べなさい」
「……はい」
子どもを作ると宣言したからかしら。
これまでよりも、蒼一郎さんが厳しい気がします。食とか健康に対して。
でも、鯖を食べなかったからって、さほど問題はあるのかしら。
◇◇◇
結局、絲さんは鯖を半分残した。しかも腹の部分、そう脂のきついとこや。
まぁ、しゃあないか。
慣れてへんはずの鹿肉は、生姜やら醤油で甘辛く炊いて、しかもほぐしてあるから。絲さんは食べられたみたいやけど。
どうせ鯖は残すやろと思て、白和えを余分に食べさせたんや。
豆腐より魚というたけど。豆腐も悪ないからな。
俺、ちょっと口うるさいやろか?
「蒼一郎さんって、納豆は召し上がったことがありますか?」
「あるで? 好きやないけど」
「わたし、ないんです」
せやろなぁ。
絲さんには難しい味と匂いやろ。あと、糸を引くんも。
はっ。もしかして。
――絲って、納豆の糸のことちゃうんか? ねばねばー。
――うっううっ。ちがうもん。その糸じゃないもん。絲、ねばねばじゃないもん。
――ほらー。自分で糸って言った。納豆の糸やろ。
こんな風に誰かにからかわれて、泣いたことがあるんとちゃうやろか。
と考えて、俺は首を振った。
いや、ちゃうて。絲さんは男児のおらん女學院育ちや。
そないな意地悪いう奴はおらんやろ。
というか、もしおったら。俺がシメる。簀巻きにして瀬戸内海に沈める。
もしくはそいつの穴という穴に名産のいかなごを詰める。もちろん俺は手ぇ下さへんけど。
当然のことながら俺の杞憂やったみたいで、絲さんは納豆に関しては何も思うところがなさそうやった。
「もしかして旅館の朝食って、納豆が出るのかしらとドキドキしていたんですけど。出なくて良かったのかしら?」
「女将に頼んでみよか。納豆を出してほしいって」
「いえいえ」と絲さんは盛大に首を振った。
そのせいで、箸に挟んどった漬物がぽろりと落ちる。落ちたのは皿の上やったから、大丈夫やけど。
もし、納豆を服の上に落としたらと思うと……やっぱり頼まん方がええやろ。
そもそも関西の人間は、納豆は食べへんしな。
絲さんと二人の朝食は、いつもゆったりとしとうけど。
三條の家と違て、組員の野太い声が聞こえてこぉへんから、さらに穏やかや。
季節外れの鶯の声、それに川のせせらぎ。
絲さんの声も、普段よりよぉ聞こえる気がする。
ええなぁ。
絲さんが来る前の自分の家は好きでも嫌いでもなかった……というか関心がなかったけど。絲さんが来てからは、自分ちが本当に好きになった。
でも、絲さんと二人きりでいられるなら。そこは最高の場所になるんやな。
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