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六章

32、朝の男湯は修羅場【1】

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 俺は湯に浸かりながら、瞼を閉じとった。
 なんで波多野と森内が風呂場におるねん。

「朝風呂はええですよねー。カシラ
「まさか同じ時間になるとは……」

 能天気そうな森内と、申し訳なさそうな波多野。
 くっそー。絲さんと一緒の風呂ならともかく、なんでむさ苦しいうちの奴らと一緒に入らなあかんねん。

 俺は湯に浸かりながら、大きく開かれた窓を眺めた。
 当然のことながら、ここからは見えへんけど。隣の女湯には絲さんが入っとう。

「なぁ、波多野」
「はい。お背中を流しましょうか」
「いや、そんなん気ぃつかわんでええ」

 普段、絲さんが「お背中を洗ってさしあげますね」なんてあろてくれるもんやから。
 今更、力強くごしごし洗われたないし。それやったら、自分で洗うわ。

「波多野。お前が女やったらな」

 何気ない俺の呟きに、波多野は凍り付いた。
 なんでや。
 ついでに森内は、頭に載せとった手拭いを落とした。
 訳分からん。

「いや、その。お気持ちは嬉しいのですが……え? 嬉しいのですか?」
「なんで疑問形やねん」

 おろおろとして俺から視線を外し、ついでに背中も向ける波多野。観音さまの紋々が、なんでか知らんけど恥じらって見える。

「いけませんよー、カシラ。いくら絲お嬢さんが物足りへんからって、波多野さんは身内なんですから」

 森内の言うとうことが、しばらく分からんかった。
 理解できた時には、森内の頭をはたいとった。

「あほかっ! そういう意味やないっ」
「えー、じゃあ何なんですかぁ?」

 あー、もう。どうしたらええんや。
 なんか波多野は涙目やし、森内は囃し立ててくるし。
 男湯が修羅場や。
 やっぱり風呂は、絲さんと一緒に静かに入るんが一番や。

「あのな。俺が言うとんのは、波多野が女やったら女湯に絲さんと一緒に入れるやろ。そしたら、彼女が湯あたりしたとしても安心やんか」
「……そういう?」
「そういうことや」

 いまだ不安げな波多野に向かって、俺は断言した。

「いや、でも。私が絲お嬢さんと同じ風呂やなんて」と、何故か今度は照れ始める。

 ほんま、ええ加減にしてくれ。
 お前が女やったらという前提をすっ飛ばすなや。

 長湯する気にもなれずに、俺は早々に風呂を出た。
 お前らはゆっくりしたらええわ。

 確か脱衣所の外に露台があって、そこに椅子が置いてあったから。涼むとするか。涼むほど温まってもないけど。

 浴衣をまとい外に出ると、露台の椅子にちょこんとお人形さんが座っとった。
 いや、ちゃう。絲さんや。

「絲さん、えらい早いな」
「落ち着かなくて」

 手ぬぐいの入った籠を手にした絲さんが、立ち上がった。

「ん? 人が多かったんか?」
「いえ、一人きりなので。寂しくなってしまったみたいです」

 はにかむように微笑む絲さん。
 なんや、なんや。もしかして俺がおらへんから、寂しかったんか?
 もーっ、可愛いやんか。

 
 やっぱり波多野が女やったとしても、絲さんと一緒にはさせられへん。
 こんな風に寂しがって、俺のとこに来てくれへんかもしれへんからな。

 波多野が男でも女でも、俺以外の奴と絲さんがいちゃいちゃするのは、ごめんや。
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