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六章
31、朝の女湯【2】
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女湯は男湯の隣や。まぁ、普通そうなんやけど。
俺は絲さんと一緒に、温泉に向かう渡り廊下を歩いとった。
海沿いの街よりも、山間の方が秋が早いから。朝は肌寒いくらいや。
そのせいで、紅葉の赤がいっそう鮮やかに見える。
隣を歩く絲さんは? と見ると、やけに足取りが軽い。
女湯に一人で入るんが、嬉しいんやろな。
俺、そんなに絲さんのことを束縛しとうかな?
確かに心配が過ぎて、しょっちゅう一緒におるし。波多野に任せてたら安心と分かってても、気持ちが騒いでしょうがない時があるから。
あかんなぁ。絲さんのことは信じとうけど、絲さんの体力は信用できへんからなぁ。
「じゃあ、ここで。お風呂から上がったら、先にお部屋に戻ってくださいね」
「え? 絲さん、そんなに長湯するつもりなん?」
絲さんは「でも体を洗ったり、髪を洗ったりしたら、それなりに時間がかかりますよ」と言った。
昨日も高等温泉で、髪を洗たやんか。
俺は彼女のふわふわした栗色の髪に手を触れた。
別に……汚してへんよな。汚さんかったよな、俺。
「髪は洗わんでもええんとちゃうかな」
「そうですか?」
特にこだわりがあって言った言葉ではないようで、絲さんはすぐに納得してくれた。
そんなん、髪洗い粉を溶いた湯が目に入って痛い、とか。ちゃんと流せてないかも、とか。背中が洗えません、とかで、のぼせたらあかんのや。
どうしても長湯がしたかったら、俺と一緒の時にしなさい。
◇◇◇
蒼一郎さんは何度も「心配や」「不安やなぁ」と仰いながら、男湯に向かいました。
まったく心配性ですね。
わたしは暖簾をくぐり、温泉の香りのする(確か硫黄だったかしら)脱衣所へ入ります。
広いわ。しかも、わたししかいないんです。
なんて開放感なんでしょう。
急いで着ている浴衣を脱ぎ、たたんで籠にしまって、浴室に向かいます。
もわっとした湯気が、開いた窓から流れ出ていきます。
素敵。温泉を独り占めです。
湯桶のかぽーんという音。それに窓から聞こえる鳥の囀り。
泳げそうなほどに広い浴槽。まぁ、わたしは当然泳げませんけど。
そういえば大學で水泳部なるものが設立されたと伺いましたが。
そもそも泳ぎは、忍者の水遁の術か武士の武芸十八般の印象ですもの。
髪をまとめて濡れないようにして、体を洗い、お風呂に浸かります。
一人でいることなんて、日常でまず有り得ないことです。
蒼一郎さんがいらっしゃらなくても、波多野さんか他の方がお家にはいらっしゃいますし。
女學院への行き帰りも、一人になることはないですし。
「ちょっとそわそわしますね」
わたしは浴室の出入り口に目を向けました。
誰も入って来る気配はありません。
そもそも離れの別館は、宿泊客が少ないのですから当然かもしれませんが。
もういっそのこと、お風呂から上がった方がいいのかしら。
でも、せっかくなんですし。
まだお湯につかってから二、三分くらいしか経っていないはずなのに。そわそわが止まりません。
「さすがに蒼一郎さんは、まだ上がってらっしゃらないわよね」
でも、もし早くに上がってわたしを待っていらしたら。
広い浴槽からざばっと立ち上がり、それでもせっかくなのだからと、またお湯に浸かります。
ああ、落ち着かないです。
蒼一郎さんと一緒に入るときは、時間を気にせず、のんびりできたのに。
俺は絲さんと一緒に、温泉に向かう渡り廊下を歩いとった。
海沿いの街よりも、山間の方が秋が早いから。朝は肌寒いくらいや。
そのせいで、紅葉の赤がいっそう鮮やかに見える。
隣を歩く絲さんは? と見ると、やけに足取りが軽い。
女湯に一人で入るんが、嬉しいんやろな。
俺、そんなに絲さんのことを束縛しとうかな?
確かに心配が過ぎて、しょっちゅう一緒におるし。波多野に任せてたら安心と分かってても、気持ちが騒いでしょうがない時があるから。
あかんなぁ。絲さんのことは信じとうけど、絲さんの体力は信用できへんからなぁ。
「じゃあ、ここで。お風呂から上がったら、先にお部屋に戻ってくださいね」
「え? 絲さん、そんなに長湯するつもりなん?」
絲さんは「でも体を洗ったり、髪を洗ったりしたら、それなりに時間がかかりますよ」と言った。
昨日も高等温泉で、髪を洗たやんか。
俺は彼女のふわふわした栗色の髪に手を触れた。
別に……汚してへんよな。汚さんかったよな、俺。
「髪は洗わんでもええんとちゃうかな」
「そうですか?」
特にこだわりがあって言った言葉ではないようで、絲さんはすぐに納得してくれた。
そんなん、髪洗い粉を溶いた湯が目に入って痛い、とか。ちゃんと流せてないかも、とか。背中が洗えません、とかで、のぼせたらあかんのや。
どうしても長湯がしたかったら、俺と一緒の時にしなさい。
◇◇◇
蒼一郎さんは何度も「心配や」「不安やなぁ」と仰いながら、男湯に向かいました。
まったく心配性ですね。
わたしは暖簾をくぐり、温泉の香りのする(確か硫黄だったかしら)脱衣所へ入ります。
広いわ。しかも、わたししかいないんです。
なんて開放感なんでしょう。
急いで着ている浴衣を脱ぎ、たたんで籠にしまって、浴室に向かいます。
もわっとした湯気が、開いた窓から流れ出ていきます。
素敵。温泉を独り占めです。
湯桶のかぽーんという音。それに窓から聞こえる鳥の囀り。
泳げそうなほどに広い浴槽。まぁ、わたしは当然泳げませんけど。
そういえば大學で水泳部なるものが設立されたと伺いましたが。
そもそも泳ぎは、忍者の水遁の術か武士の武芸十八般の印象ですもの。
髪をまとめて濡れないようにして、体を洗い、お風呂に浸かります。
一人でいることなんて、日常でまず有り得ないことです。
蒼一郎さんがいらっしゃらなくても、波多野さんか他の方がお家にはいらっしゃいますし。
女學院への行き帰りも、一人になることはないですし。
「ちょっとそわそわしますね」
わたしは浴室の出入り口に目を向けました。
誰も入って来る気配はありません。
そもそも離れの別館は、宿泊客が少ないのですから当然かもしれませんが。
もういっそのこと、お風呂から上がった方がいいのかしら。
でも、せっかくなんですし。
まだお湯につかってから二、三分くらいしか経っていないはずなのに。そわそわが止まりません。
「さすがに蒼一郎さんは、まだ上がってらっしゃらないわよね」
でも、もし早くに上がってわたしを待っていらしたら。
広い浴槽からざばっと立ち上がり、それでもせっかくなのだからと、またお湯に浸かります。
ああ、落ち着かないです。
蒼一郎さんと一緒に入るときは、時間を気にせず、のんびりできたのに。
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