上 下
194 / 257
六章

31、朝の女湯【2】

しおりを挟む
 女湯は男湯の隣や。まぁ、普通そうなんやけど。

 俺は絲さんと一緒に、温泉に向かう渡り廊下を歩いとった。
 海沿いの街よりも、山間の方が秋が早いから。朝は肌寒いくらいや。
 そのせいで、紅葉の赤がいっそう鮮やかに見える。

 隣を歩く絲さんは? と見ると、やけに足取りが軽い。

 女湯に一人で入るんが、嬉しいんやろな。
 俺、そんなに絲さんのことを束縛しとうかな?
 確かに心配が過ぎて、しょっちゅう一緒におるし。波多野に任せてたら安心と分かってても、気持ちが騒いでしょうがない時があるから。

 あかんなぁ。絲さんのことは信じとうけど、絲さんの体力は信用できへんからなぁ。
 
「じゃあ、ここで。お風呂から上がったら、先にお部屋に戻ってくださいね」
「え? 絲さん、そんなに長湯するつもりなん?」

 絲さんは「でも体を洗ったり、髪を洗ったりしたら、それなりに時間がかかりますよ」と言った。

 昨日も高等温泉で、髪を洗たやんか。
 俺は彼女のふわふわした栗色の髪に手を触れた。

 別に……汚してへんよな。汚さんかったよな、俺。
 
「髪は洗わんでもええんとちゃうかな」
「そうですか?」

 特にこだわりがあって言った言葉ではないようで、絲さんはすぐに納得してくれた。

 そんなん、髪洗い粉を溶いた湯が目に入って痛い、とか。ちゃんと流せてないかも、とか。背中が洗えません、とかで、のぼせたらあかんのや。

 どうしても長湯がしたかったら、俺と一緒の時にしなさい。

◇◇◇

 蒼一郎さんは何度も「心配や」「不安やなぁ」と仰いながら、男湯に向かいました。
 まったく心配性ですね。

 わたしは暖簾をくぐり、温泉の香りのする(確か硫黄だったかしら)脱衣所へ入ります。

 広いわ。しかも、わたししかいないんです。
 なんて開放感なんでしょう。

 急いで着ている浴衣を脱ぎ、たたんで籠にしまって、浴室に向かいます。

 もわっとした湯気が、開いた窓から流れ出ていきます。
 素敵。温泉を独り占めです。

 湯桶のかぽーんという音。それに窓から聞こえる鳥の囀り。
 泳げそうなほどに広い浴槽。まぁ、わたしは当然泳げませんけど。

 そういえば大學で水泳部なるものが設立されたと伺いましたが。
 そもそも泳ぎは、忍者の水遁の術か武士の武芸十八般の印象ですもの。

 髪をまとめて濡れないようにして、体を洗い、お風呂に浸かります。
 
 一人でいることなんて、日常でまず有り得ないことです。
 蒼一郎さんがいらっしゃらなくても、波多野さんか他の方がお家にはいらっしゃいますし。
 女學院への行き帰りも、一人になることはないですし。

「ちょっとそわそわしますね」

 わたしは浴室の出入り口に目を向けました。
 誰も入って来る気配はありません。

 そもそも離れの別館は、宿泊客が少ないのですから当然かもしれませんが。

 もういっそのこと、お風呂から上がった方がいいのかしら。
 でも、せっかくなんですし。

 まだお湯につかってから二、三分くらいしか経っていないはずなのに。そわそわが止まりません。

「さすがに蒼一郎さんは、まだ上がってらっしゃらないわよね」

 でも、もし早くに上がってわたしを待っていらしたら。
 広い浴槽からざばっと立ち上がり、それでもせっかくなのだからと、またお湯に浸かります。

 ああ、落ち着かないです。
 蒼一郎さんと一緒に入るときは、時間を気にせず、のんびりできたのに。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【姫初め♡2025】『虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢』

緑野かえる
恋愛
昔気質で硬派なヤクザの虎治(年齢不詳)と大任侠の一人娘である千鶴(27)、のクリスマスから新年にかけての話。 じれじれとろとろ甘やかし、虎治は果たして千鶴を抱けるのか――。 (男性キャラクターの一人称視点です)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...