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六章
29、おやすみなさい
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蒼一郎さんは、本当にわたしとの子どもを望んでくださいます。
それは何も組の存続の為というわけではなく、本当に家族が欲しいのでしょう。
蒼一郎さんからは、ご両親などのご家族の話はほとんどお聞きしません。
それに、こちらからお話を伺うのもためらわれます。
かつてお爺さまから、お勤めしてらしたお家で幼くして子どもが亡くなったとの話を伺ったことがあります。
その頃はわたしもまだ小さくて、その家が三條家であることや、蒼一郎さんのご兄弟であることも知りようがありませんでした。
蒼一郎さんは、ご家族の縁が薄い方なのかもしれません。
わたし自身が、父や母よりもお爺さまのことばかり話すのは、いわゆる「おじいちゃん子」だったからです。
でも、蒼一郎さんはご両親のことも、それ以外の大人の方の話もなさいません。
ええ、思い出話がないんです。
わたしよりも強い方ですから。お一人でも平気なのかもしれませんが。
でも、子どもの頃には寂しさを我慢なさって、それに慣れてしまっているのかもしれません。
わたしは狭い状態で、なんとか腕を伸ばし、蒼一郎さんの頭をきゅっと抱きしめました。
びっくりなさるかと思ったのに。蒼一郎さんは体に力を入れることもなく、わたしの腕に抱かれています。
「どうしたん? 急に」
「蒼一郎さんを甘えさせてあげたくなったんです」
「それは、光栄やな」
お顔はわたしの胸に埋もれているので(いえ、見栄を張るのはよしましょう。隠れているので、ですね)見えませんが。
蒼一郎さんが微笑むのが分かったの。
「じゃあ、このまま抱きしめといてもらおかな」
蒼一郎さんは組員をまとめ、その生活を支える立場だからかしら。
独身でいらっしゃるのに、どこか保護者のようにも思えるんです。
でも、保護者としての立ち位置でも、甘えたい時だってありますよね。
波多野さんも仰っていたわ。
わたしが三條のお家に来る前とは、随分と蒼一郎さんが変わったって。
そうね。最初に出会った頃の蒼一郎さんは、確かに怖かったわ。
だって、ほぼ初対面のわたしに対して「攫って閉じ込めて、俺の女にする」なんて真顔で言ったんですもの。
わたしは恐ろしさのあまり泣きだしてしまったほど。
今思えば懐かしいですし。蒼一郎さんもすぐに優しくしてくださったけれど。
でも、あの時は本当に怖かったんです。
まだ宿の温泉に入ってらっしゃる人がいるのかしら。
どこからか水音や、かぽーんという湯桶の音が聞こえてきます。
せせらぎの音と、鳥の声。夜でも鳴く鳥がいるんですね。
温泉の匂いに、普段とは違う夜の音。
「静かですねぇ」
外の音は聞こえるのに、不思議と静かだと思えるんです。
蒼一郎さんの返事はありません。
どうなさったのかしら? と胸元に視線を落とすと。蒼一郎さんは、再び眠っていらっしゃいました。
ふふ、可愛い寝顔ですね。
わたしは身動きが取れないので、蒼一郎さんの頭に接吻します。
「ん、もっとしてもええで」
え? 眠ってらっしゃるんじゃなかったの?
そう問いかけると、蒼一郎さんは揶揄うように微笑んだの。
「眠っといたるから。好きなだけ襲ってもええで」
襲うって……。
「なんなら俺を朝まで寝かさんでも、構わへんで」
「お、おやすみなさいっ」
わたしは再び蒼一郎さんを腕の中に閉じ込めて、問答無用で胸に顔を埋めさせました。
「絲さん。窒息する」
「してください」
「けど、心地ええなぁ。触りたなるわ」
おやすみなさいって言ってるのに。どうして聞いてくださらないの?
それは何も組の存続の為というわけではなく、本当に家族が欲しいのでしょう。
蒼一郎さんからは、ご両親などのご家族の話はほとんどお聞きしません。
それに、こちらからお話を伺うのもためらわれます。
かつてお爺さまから、お勤めしてらしたお家で幼くして子どもが亡くなったとの話を伺ったことがあります。
その頃はわたしもまだ小さくて、その家が三條家であることや、蒼一郎さんのご兄弟であることも知りようがありませんでした。
蒼一郎さんは、ご家族の縁が薄い方なのかもしれません。
わたし自身が、父や母よりもお爺さまのことばかり話すのは、いわゆる「おじいちゃん子」だったからです。
でも、蒼一郎さんはご両親のことも、それ以外の大人の方の話もなさいません。
ええ、思い出話がないんです。
わたしよりも強い方ですから。お一人でも平気なのかもしれませんが。
でも、子どもの頃には寂しさを我慢なさって、それに慣れてしまっているのかもしれません。
わたしは狭い状態で、なんとか腕を伸ばし、蒼一郎さんの頭をきゅっと抱きしめました。
びっくりなさるかと思ったのに。蒼一郎さんは体に力を入れることもなく、わたしの腕に抱かれています。
「どうしたん? 急に」
「蒼一郎さんを甘えさせてあげたくなったんです」
「それは、光栄やな」
お顔はわたしの胸に埋もれているので(いえ、見栄を張るのはよしましょう。隠れているので、ですね)見えませんが。
蒼一郎さんが微笑むのが分かったの。
「じゃあ、このまま抱きしめといてもらおかな」
蒼一郎さんは組員をまとめ、その生活を支える立場だからかしら。
独身でいらっしゃるのに、どこか保護者のようにも思えるんです。
でも、保護者としての立ち位置でも、甘えたい時だってありますよね。
波多野さんも仰っていたわ。
わたしが三條のお家に来る前とは、随分と蒼一郎さんが変わったって。
そうね。最初に出会った頃の蒼一郎さんは、確かに怖かったわ。
だって、ほぼ初対面のわたしに対して「攫って閉じ込めて、俺の女にする」なんて真顔で言ったんですもの。
わたしは恐ろしさのあまり泣きだしてしまったほど。
今思えば懐かしいですし。蒼一郎さんもすぐに優しくしてくださったけれど。
でも、あの時は本当に怖かったんです。
まだ宿の温泉に入ってらっしゃる人がいるのかしら。
どこからか水音や、かぽーんという湯桶の音が聞こえてきます。
せせらぎの音と、鳥の声。夜でも鳴く鳥がいるんですね。
温泉の匂いに、普段とは違う夜の音。
「静かですねぇ」
外の音は聞こえるのに、不思議と静かだと思えるんです。
蒼一郎さんの返事はありません。
どうなさったのかしら? と胸元に視線を落とすと。蒼一郎さんは、再び眠っていらっしゃいました。
ふふ、可愛い寝顔ですね。
わたしは身動きが取れないので、蒼一郎さんの頭に接吻します。
「ん、もっとしてもええで」
え? 眠ってらっしゃるんじゃなかったの?
そう問いかけると、蒼一郎さんは揶揄うように微笑んだの。
「眠っといたるから。好きなだけ襲ってもええで」
襲うって……。
「なんなら俺を朝まで寝かさんでも、構わへんで」
「お、おやすみなさいっ」
わたしは再び蒼一郎さんを腕の中に閉じ込めて、問答無用で胸に顔を埋めさせました。
「絲さん。窒息する」
「してください」
「けど、心地ええなぁ。触りたなるわ」
おやすみなさいって言ってるのに。どうして聞いてくださらないの?
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