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六章
23、緊張します
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蒼一郎さんは、わたしの背に手を置いたまま隣に腰を下ろしました。
ええ、お座布団も使わずに。
「いつ子どもができたんかは、逆算したら分かるからな。俺は絲さんとの思い出は、全部覚えておきたいんや」
真顔で見つめられて、どう答えたらいいのですか?
恥ずかしさのあまり、美しい紅葉型の生麩を口に入れたのですが。口の中に広がっているお出汁の味が分からないの。
わたしは、どれほど蒼一郎さんに愛されているの?
「緊張するか?」
「え、ええ」
「実はな、俺もや」
蒼一郎さんは、わたしの前に手を差し出しました。開いたその指は、よく見れば小刻みに震えています。
「妙やろ。いっつも絲さんを抱いとうのに。これまでも、子どもができてもおかしなかったのに。いざ、子作りしようかと決心したら、俺に小さい命を抱えきれるんやろか、絲さんの無事を守れるんやろかって不安になるんや」
蒼一郎さんは微笑んでいらっしゃいましたが、やはり手の震えは治まらない様子でした。
わたしはお箸を置いて、蒼一郎さんに手を重ねました。
がっしりとして逞しい手。いつもわたしを守ってくださる蒼一郎さんの手です。
「蒼一郎さんは、素敵なお父さんになりますよ」
「ほんまに?」
「ええ。わたしも蒼一郎さんみたいなお父さんがいいです」
励ますつもりでそう伝えたのに。蒼一郎さんは何故か眉をひそめました。
え? 何か妙なことを言ったかしら。
蒼一郎さんは天井を仰いで、ため息をつきました。
これまで聞こえていなかったせせらぎの音が、耳に届きます。
「俺は絲さんが娘やったら困るなぁ」
「なぜですか?」
「どうせなら、絲さんの小さい時から知りあっときたかったけど。娘やったらいつか手放さなあかんやん」
あっ、とわたしは声を上げました。
組員の皆さんの暮らしを預かってらっしゃるからでしょうか。
蒼一郎さんって、未婚なのに父親のような包容力があるので。つい。
そうですよね。わたしも蒼一郎さんの元を離れて、誰かに嫁ぐのは嫌です。
◇◇◇
夕食を終えて、仲居さんがお膳を下げてくださいました。
広いお部屋に二つ並んで敷かれたお布団。
三條のお家でも同じですのに。
どうして今日に限って、こんなにも顔が火照ってしまうの?
「絲さん、おいで」
窓際の広縁に置かれた椅子に座った蒼一郎さんが、わたしを手招きします。
蒼一郎さんの向かいにも籐椅子があるのですが。彼はわたしに膝に乗るように仰いました。
「失礼します」と挨拶をしながら、蒼一郎さんのお膝に座ります。
背後からきゅっと抱きしめられて、蒼一郎さんがわたしの肩に顔を埋めました。
「絲さんの匂いがする」
「は、恥ずかしいです」
「なんで? ええ匂いやで」
腹部をがっしりと拘束されているので、逃げることが出来ません。
蒼一郎さんの腿の分の高さが加わるので、わたしの素足はようやくつまさきが木の床につく程度です。
「あと、温泉のにおいもするなぁ」
「それは蒼一郎さんもです」
「せやな。お揃いや」
すでに外は暗くなり、景色は見えませんが。せせらぎの音だけが聞こえてきます。
「絲さんとこうして出かけられるやなんて、夢みたいやなぁ」
「ごめんなさい。蒼一郎さんお一人なら何処へでも……海の向こうだって行けそうですのに」
「んー? 絲さんのおらんとこなんか、意味ないやろ」
ふわふわのわたしの髪を片方に寄せて、蒼一郎さんがうなじに接吻なさいます。
「俺にとっては家から女學院までの距離でも、絲さんと一緒に歩くんは楽しいんやで」
肩越しにわたしと唇を重ね、蒼一郎さんはわたしの帯に手を掛けました。
するりと解かれ、床に落とされる帯。
湯宿の浴衣は薄くて、すぐにはらりとはだけてしまいます。
窓の外はすでに暗いので、蒼一郎さんの膝に座ったわたしの裸身がはっきりと映っているの。
恥ずかしくて、わたしは体をひねり、蒼一郎さんの胸に顔を埋めました。
ええ、お座布団も使わずに。
「いつ子どもができたんかは、逆算したら分かるからな。俺は絲さんとの思い出は、全部覚えておきたいんや」
真顔で見つめられて、どう答えたらいいのですか?
恥ずかしさのあまり、美しい紅葉型の生麩を口に入れたのですが。口の中に広がっているお出汁の味が分からないの。
わたしは、どれほど蒼一郎さんに愛されているの?
「緊張するか?」
「え、ええ」
「実はな、俺もや」
蒼一郎さんは、わたしの前に手を差し出しました。開いたその指は、よく見れば小刻みに震えています。
「妙やろ。いっつも絲さんを抱いとうのに。これまでも、子どもができてもおかしなかったのに。いざ、子作りしようかと決心したら、俺に小さい命を抱えきれるんやろか、絲さんの無事を守れるんやろかって不安になるんや」
蒼一郎さんは微笑んでいらっしゃいましたが、やはり手の震えは治まらない様子でした。
わたしはお箸を置いて、蒼一郎さんに手を重ねました。
がっしりとして逞しい手。いつもわたしを守ってくださる蒼一郎さんの手です。
「蒼一郎さんは、素敵なお父さんになりますよ」
「ほんまに?」
「ええ。わたしも蒼一郎さんみたいなお父さんがいいです」
励ますつもりでそう伝えたのに。蒼一郎さんは何故か眉をひそめました。
え? 何か妙なことを言ったかしら。
蒼一郎さんは天井を仰いで、ため息をつきました。
これまで聞こえていなかったせせらぎの音が、耳に届きます。
「俺は絲さんが娘やったら困るなぁ」
「なぜですか?」
「どうせなら、絲さんの小さい時から知りあっときたかったけど。娘やったらいつか手放さなあかんやん」
あっ、とわたしは声を上げました。
組員の皆さんの暮らしを預かってらっしゃるからでしょうか。
蒼一郎さんって、未婚なのに父親のような包容力があるので。つい。
そうですよね。わたしも蒼一郎さんの元を離れて、誰かに嫁ぐのは嫌です。
◇◇◇
夕食を終えて、仲居さんがお膳を下げてくださいました。
広いお部屋に二つ並んで敷かれたお布団。
三條のお家でも同じですのに。
どうして今日に限って、こんなにも顔が火照ってしまうの?
「絲さん、おいで」
窓際の広縁に置かれた椅子に座った蒼一郎さんが、わたしを手招きします。
蒼一郎さんの向かいにも籐椅子があるのですが。彼はわたしに膝に乗るように仰いました。
「失礼します」と挨拶をしながら、蒼一郎さんのお膝に座ります。
背後からきゅっと抱きしめられて、蒼一郎さんがわたしの肩に顔を埋めました。
「絲さんの匂いがする」
「は、恥ずかしいです」
「なんで? ええ匂いやで」
腹部をがっしりと拘束されているので、逃げることが出来ません。
蒼一郎さんの腿の分の高さが加わるので、わたしの素足はようやくつまさきが木の床につく程度です。
「あと、温泉のにおいもするなぁ」
「それは蒼一郎さんもです」
「せやな。お揃いや」
すでに外は暗くなり、景色は見えませんが。せせらぎの音だけが聞こえてきます。
「絲さんとこうして出かけられるやなんて、夢みたいやなぁ」
「ごめんなさい。蒼一郎さんお一人なら何処へでも……海の向こうだって行けそうですのに」
「んー? 絲さんのおらんとこなんか、意味ないやろ」
ふわふわのわたしの髪を片方に寄せて、蒼一郎さんがうなじに接吻なさいます。
「俺にとっては家から女學院までの距離でも、絲さんと一緒に歩くんは楽しいんやで」
肩越しにわたしと唇を重ね、蒼一郎さんはわたしの帯に手を掛けました。
するりと解かれ、床に落とされる帯。
湯宿の浴衣は薄くて、すぐにはらりとはだけてしまいます。
窓の外はすでに暗いので、蒼一郎さんの膝に座ったわたしの裸身がはっきりと映っているの。
恥ずかしくて、わたしは体をひねり、蒼一郎さんの胸に顔を埋めました。
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