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六章

21、恥ずかしいです【2】

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 お風呂で温まり、名物という炭酸水をわたしは頂きました。
 パチパチと弾ける泡が、壜の中で立ち上っています。甘くて爽やかで、火照った体を冷ましてくれて、とても美味しいんです。

 しかも外で立ったままですよ。さらに、壜に直に口をつけるんです。
 グラスに移すわけでもなく、椅子に座るでもなく。なんてお行儀が悪くて、素敵なの。

「絲さん。あんまり飲みすぎたらあかんで。喉が渇いたんやったら、宿に帰って温かい茶ぁを飲んだ方がええから」
「どうしてですか?」

 そんな風に、蒼一郎さんから注意を受けたのは初めてです。
「まぁ、体が冷えたらあかんやろ」と仰いますが。

 首を傾げたわたしは「あっ」と声を上げました。

 そうです。子どもを授かる為に、体を温めておいた方がいいと言われていたのです。その為に温泉に来ていたのでした。
 
 わたしは俯きました。頬が熱くて仕方がありません。
 お店のガラス戸に映るわたしの顔は、真っ赤に染まっていました。

「冷たいのを飲んだらあかんとは言わへんけど。一気に飲まん方がええんとちゃうかな」
「は、はい」
「絲さん? 顔が赤いで?」

 何でもないんです。覗き込まないでください。
 なのに、蒼一郎さんはわざわざ地面にしゃがみこんで、わたしの顔を見上げてきます。

 浴衣の袂で顔を隠しても「あかんやろ。ちゃんと見せな」と退かされてしまいます。

「これまでも散々しとうけどな」

 わたしは、こくりと頷きました。
 分かっているんです、それは。
 蒼一郎さんに愛されて、抱かれるのは同じだけれど。でも、これからは意味合いが違うの。
 
「絲さん?」
「見ないでください……」

 山間の温泉だからでしょうか。夕暮れは、海沿いの街よりも早いようです。
 まだ時刻は遅くないのに、すでにお日さまは山に隠れてしまっています。

 明るい空と薄暗い山を背景に、蒼一郎さんは立ち上がりました。
 そしてわたしに向かって手を差し伸べていらっしゃるの。

「そろそろ夕飯になるから、旅館に戻ろか」
「……はい」

 いつも通りに手を繋いで、いつもとは違う道を進みます。
 川の流れる静かな音を聞きつつ、橋を渡ります。それに外湯の温泉から、それぞれの旅館に戻る人達。
 遅い時間に着いたのでしょうか。駕籠から降りる人の姿も見られます。

 母親にまとわりつく子どもの姿。にっこりと微笑みながら、その母親は子どもの手を引いてあげています。

「わたし……お母さんになれるのかしら」
「ん?」

 どんな小さな声で呟いても、蒼一郎さんはわたしの言葉を聞き洩らさないの。
 今も、立ち止まって鋳鉄ちゅうてつの黒い欄干にもたれながら、わたしを見つめていらっしゃいます。

「何よりも絲さんが優先やからな。あなたに無理はさせられへん」
「蒼一郎さん……」
「俺は欲張りやからな。絲さんも子どもも欲しい。でも、それが我儘になるんやったら、諦める」

 わたしは、蒼一郎さんに手を伸ばしました。そして、きゅっと大きな彼の手を握りしめたの。

「不安なんは分かる。けど、大丈夫や。俺が居るからな」
「蒼一郎さん」
「ま、その為にもちゃんと食べなあかんねんで」

 うっ、そう来ましたか。
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