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六章

16、湯宿【2】

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 しばらく、うとうとと微睡んでいたようです。
 開かれていた窓から入る風が、肌寒く感じられて。わたしは瞼を開いたの。

「目ぇ覚めたか?」
「あ、はい」

 体を起こすと、毛布が掛けられているのに気づきました。蒼一郎さんが掛けてくださったのね。

「おいで、絲さん」

 お座布団であぐらをかいた蒼一郎さんが、わたしに向かって両腕を広げます。
 毛布を持ったまま蒼一郎さんの元へ行くと、まるで子どものようにお膝に座るように言われました。

「具合、悪なさそうやな」
「ええ。大丈夫ですよ」

 ちょこんと座っていると、妙な気分になります。
 だって女将さんに「ご家族で」なんて言われたんですもの。
 それって蒼一郎さんが父親に、わたしが母親になるということですよね。
 なのに、今のわたしはまるで蒼一郎さんの娘のようにお膝に座っているんですから。

「絲さんは体は虚弱やけど。意外と肝は座っとうよな」

 毛布ごと、わたしを背後からだきしめながら蒼一郎さんが呟きます。
 いえ、女将さんがいらしただけで緊張で貧血を起こしそうでしたよ。

「タチの悪い雲助にも、若先生ほど怖がってへんかったやんか」
「若先生は、ご自分が絡まれてましたから。不安だったのだと思います。それに」
「それに?」

 肩越しに、蒼一郎さんがわたしの頬に接吻なさいます。
 秋になったからかしら。少し蒼一郎さんの唇がかさついているように思えました。

「な、内緒です」
「えー、そんなつれへんこと言わんといて」

 蒼一郎さんはわたしを急かしますが。唇をへの字に結んで抵抗します。
 でも、わたしの抵抗なんて意味がないの。

「閉じた口はな、むりやりこじ開けるんがええんやで」
「ふ? ふっ、んんっ」

 いやーん、蒼一郎さんの馬鹿ぁ。
 ごつごつして長い指が、わたしの口の中に侵入してきたの。
 意地でも歯は開かないと抗っていたのに。蒼一郎さんの指先で簡単に隙間が生じて、そのまま指が舌を押さえてきたんです。

「い、言い、ますから」
「んー? このままでもええかな。絲さんの口の中はぬくいなぁ。なんか、妙な気分になるよな」

 なりませんっ。

 なのに、なかなか指を抜いてもらえなくて。
 わたしは必死で、蒼一郎さんの手を掴んだのですけど。びくともしないんです。

「あかんなぁ。なんで、可愛いと弄りたなるんやろ。絲さんを虐めたいわけでもないんやけどなぁ」
「んぅ、ううっ」

 ようやく口から指が抜かれたと思ったのに。今度は接吻で唇を塞がれました。
 長いくちづけに、呼吸が苦しくなります。

 逃げようとしても、背中に蒼一郎さんの手が添えられているから。それも叶わず。

 くちづけされ放題です。

「言いますから。わたしが怖くなかったのは、蒼一郎さんが守ってくださるって信じていたからなの」

 くちづけとくちづけの間にそれを告げると。蒼一郎さんは、今にもとろけそうな笑顔を浮かべたの。

「信頼してもろて、光栄やで」
「言いましたから。接吻はもう終わりです」
「またぁ、そんな冷たいこと言うて」

 冷たくないですってば。「またぁ」って何なんですか?

「あー、道中長かったからなぁ。絲さんといちゃいちゃできんで、寂しかったわ」
「疲れているだろうから休むようにと、蒼一郎さんは仰いましたよ」

「うん、休んどき。俺が単に接吻するだけやから」

 蒼一郎さんのお膝に座ったまま。頬にも髪にもひたいにも、それから手の甲や首筋にもくちづけが降ってきます。

「そんなにくちづけばかりしていたら、唇が腫れてタラコみたいになりますよ」
「せやなぁ」

 のらりくらりと躱されて。ちゃんと取り合ってくださらないの。

 ようやく接吻の嵐が終わった時。
 何かをされたわけではないのに、わたしはぐったりとしてしまいました。

「あれ? なんでこれくらいで?」

 きょとんとする蒼一郎さんの両頬を、わたしは指で引っ張ります。

「なにひゅるんや、絲はん」
「蒼一郎さんがしつこいんです」

 頬を手でさすりながら、蒼一郎さんはなおも納得いかない様子で、小首を傾げます。

「別に舌も入れてへんし。着物も脱がせてへんで」
「そういう問題ではないの」
「難しいなぁ」
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