女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

文字の大きさ
上 下
178 / 257
六章

15、湯宿【1】

しおりを挟む
 ああ、よかったです。蒼一郎さんの心臓がお悪いわけではなくて。
 わたしは、蒼一郎さんが手綱を握る馬に乗ってほっとしました。
 乗馬が苦手な人は、馬子が馬を引き、のんびりと坂を上るのですが。

 蒼一郎さんは、ご自分の前にわたしを乗せて馬を走らせたのです。
 荷物を掛けた馬は、馬子が旅館まで引いてくれることになりまた。

 いつもよりも高い視線。遠くまで見渡せて、温泉街が山に囲まれているのがよく分かるの。
 清流から、もくもくと湯気が上がっているんです。

「この川は温泉なんやで」
「入ってもいいんですか?」
「……橋を渡ったり、道を歩く人から丸見えやけど。それでも絲さんがええんやったら、無理には止めへんで」

 蒼一郎さんの言葉に、わたしはぶんぶんと首を振りました。

「嘘やで。ほんまは全力で止める。絲さんの裸を見てええんは俺だけやからな」

 炭酸煎餅を売るお土産物屋さんを越え、ほどなくして着いた旅館は老舗の別館でした。

「この温泉街は基本的には外湯やねんけど。あっちが本温泉。橋の向こうに見えるんが高等温泉。家族風呂やな」

 蒼一郎さんは説明してくださいますが。温泉の仕組みの分からないわたしには、何のことやらさっぱりです。

「まぁ、絲さんが泊まるとこは、旅館に内湯があるから。わざわざ温泉街まで出て外湯に入りに行かんでもええということや」
「はぁ」
「でも、どうしても外の温泉に入りたいんやったら、高等温泉にしとき。せやないと一緒に入られへんから」

 ぼんやりとしか分かりませんが。とりあえず、一人で女湯に入るというのはなさそうです。
 少し興味はあったのですが。

 旅館の仲居さんが案内してくださる別館は、川のほとりのとても静かな場所に建っていました。
 磨き上げられた廊下も階段の手すりも黒光りするほどで、荘厳な雰囲気に緊張します。

 しかもお部屋に女将さんがご挨拶にいらして。蒼一郎さんは慣れていらっしゃるようですが。わたしはどきどきです。

「三條さんが、お嬢さんを連れて泊りにいらっしゃるなんて。珍しいですね」
「まぁ、今後も世話になると思うわ」
「あら。もうそんなにお話が進んでいるんですか? 素敵ですね。ぜひ、今後もご家族でいらしてくださいな」

 女将さんと蒼一郎さんは話が弾んでいます。背筋を伸ばして正座しているわたしは、お茶の入った湯呑みに手を伸ばすことも出来ず。
 女學院の院長先生よりも緊張するんです。

「絲さん、大丈夫か?」

 女将さんや仲居さんがお部屋を出て行ってから、わたしはぱたんと畳に倒れてしまいました。

「大丈夫か? やっぱり長いこと汽車に揺られたから、疲れたんやろな」
「いえ、その……」

 緊張しすぎだなんて言えません。

 だって、これまで泊まったことがあるのは西洋風のホテルだけですもの。
 こんな風にお部屋まで支配人が挨拶に来るなんて、当然ないですし。
 ホテルのロビーでは、お爺さまやお父さまに支配人がご挨拶なさっていましたが。わたしはロビーのソファーに座って、遠くから眺めているだけでよかったの。

 ふかふかのお座布団を枕代わりに、わたしは横になりました。
 立派な格子天井。側を流れる川面が光に煌めいて、きらきらと天井に反射しています。
 まるで水の中にいるみたい。

 鳥の声も、三條のお家よりもよく聞こえて。それに種類も多いみたい。
 テッペンカケタカと鳴くあの鳥は、何だったかしら。

 そんなわたしを、座卓に着いた蒼一郎さんが眺めていらっしゃいます。
 それも、にこにこしながら。

「楽しいですか?」
「うん。楽しいで。絲さんと二人っきりやからな」

 確かにお家では、しょっちゅうお部屋に波多野さん達が入ってきます。お庭にも常に誰かがいますし。
 波多野さんと森内さんも、同じ別館に泊まっているはずですが。
 蒼一郎さんが呼ばない限りは、来ないそうです。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...