女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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五章

4、お酒を買えました

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 酒蔵の軒先には、茶色く丸い球がぶら下がっていました。
 手を伸ばしたら届きそうですけど。でも、子どもではないので、そんなはしたないことはしませんよ。

「杉玉ですよ、それ」
「あ、いえ。別に触ろうだなんて思っていませんよ」

 慌てて両手を振ると、波多野さんは苦笑なさいました。
 
「今は茶色いですけどね、新酒が出来たら、緑の鮮やかなのに取り換えるんです」

 この辺りは酒蔵が多く、主に辛口の酒を造っていること。
 十一月になれば日本酒の仕込みが始まるので、街全体が甘い包まれるそうです。

「甘い匂いですか?」

 お酒に甘い印象はありませんけど。

「そうですねぇ。たとえて言うなら甘酒の匂いですよ」
「まぁ。どっちの甘酒かしら」
「どっちの? ああ、酒粕の方か麹の方かですね」

 わたしの言葉が足りなかったのですが、波多野さんはすぐに察してくださいました。

「酒を造る仕込みの段階やから。蒸した米と麹の方の甘酒ですよ」

 ああ、わたしの好きな方の甘酒です。
 酒粕は炭であぶって、お砂糖をつけるのは好きなんですけど。酒粕の甘酒はちょっと苦手なんです。

 でも街全体が、甘酒の香りに包まれるだなんて。
 木枯らしも甘酒、海風も甘酒、山おろしの風も甘酒。
 なんて素敵なんでしょう。

 わたしは鼻をくんくんとさせました。
 残念ながらまだ十一月には遠いので、嗅ぎ慣れた潮の香りしかしません。

「息は吸うだけやなくて、吐くのも大事ですよ」
「た、確かに」

 ちょっと息を吸い過ぎて、くらくらしました。

「あ、でもお洗濯ものが甘酒の匂いにならないかしら。練香もいらないですね」
「本当に甘酒がお好きなんですね。また作らせますよ」

 それは楽しみです。

「店の中に入ったら、酒の匂いがすると思うんですが。絲お嬢さんの場合は、匂いだけで酔うんやないですか」

 波多野さんは笑いながら、酒蔵に併設した店舗の藍染めの暖簾をくぐりました。

◇◇◇

 結局、波多野さんのおっしゃる通り、わたしは早々に店を退散しました。

 むーんと濃密なお酒の匂いに、あてられてしまったんです。

「絲お嬢さん、どの酒がええか選べますか?」
「波多野さんのお薦めは?」
「いや、自分が選んでもカシラは喜ばへんでしょう」

「お嬢さんが選ぶことに、意義も価値もあるんですよ」と言われては、頑張らなくてはなりません。

「蒼一郎さんは、辛口のお酒がお好きらしいの」
「まぁ、この辺りに蔵を構える酒は、全部辛口ですからね」

 困りました。そもそもわたしはお酒が飲めません。
 意を決して再びお店に入ります。
 店主が苦笑しながら「こちらのなんかお薦めですよ」と教えてくださったので。味を確かめることもなく、それを買い求めます。

 ここで試飲なんてしたら、わたし歩いて帰れないわ。
 酔っぱらった状態で俥になんて乗ったら、お行儀悪く吐いてしまうのではないかしら。
 そんな自分を想像して、ぶるっと寒くなりました。

 お酒の入った茶色い一升瓶を、波多野さんが持ってくださいます。
 ふふ、お金はちゃんとあるんですよ。
 蒼一郎さんが、必要な物があったら買うようにとお小遣いをくださるの。
 それに実家から持ってきたお金(貯めていたお年玉ですけど)もありますしね。

 がま口財布をぱちんと開いてお酒を買うなんて、なんだか大人みたい。

「絲お嬢さん。笑い方が不審ですよ」
「あら。つい」
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