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五章
2、内外人遊園【2】
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「で、絲さん。まっすぐに家に帰らんと、どこに行く予定なんや?」
絲さんに手を差し伸べて、俺は彼女を立たせた。ついでに袴についた草を払ってやる。
「その……お買い物があったんです」
「急ぎの用か? 俺が居る時について行ったるのに」
絲さんは何故か俺から視線を外して、指をもじもじと組んだ。
これは。俺には知られたない買い物か。
もしかして女性特有の……腰巻とか? 肌襦袢とか?
いや、でもそれやったら波多野を連れて行く意味が分からん。
なんで波多野は良くて、俺はあかんのや。
そう問い詰めようとした時。白檀の強い匂いがした。
「ちょっとお、蒼一郎。早く停車場に行かないと、汽車に遅れるわよ」
文句を言いつつ、冬野が近づいてくる。声もやけど、風に乗る白檀の匂いで振り返らずとも彼女の接近が分かる。
「こ、こんにちは。名原さん」
「あら、冬野でいいわよ。じゃあ、蒼一郎を借りていくわね。またね、絲さん」
俺の腕を、冬野がぐいっと引っ張る。俺は仕方なく冬野の為すがままに歩き出した。
挨拶をしたばかりの絲さんは、呆然と見送っとう。
「ちゃうからな。仕事やからな」
俺は絲さんに向かって声を掛けた。
ああ、俺もここに留まりたい。何の買い物か知らんけど、俺が付き合いたい。
「はい、お気をつけて。お仕事頑張ってくださいね」
「夜には帰るから。ちゃんと風呂に入って、飯を食うんやで。あと、宿題も忘れずに。それから」
他に何か伝えることはあったっけ?
「帰ったら、まず手洗いな。菓子ばっかり食うたらあかんで」
「蒼一郎。あんた、あの子のお父さんなの?」
なんでやねん。
冬野の指摘に、俺は思わず声を荒げそうになった。それをせんかったのは、名原組の組長もおったからや。
冬野は呆れた様子で、俺を見上げている。
「まぁ、三條の坊にも、大事なモンが出来たってことや。あんまり揶揄わんといたり」と、組長は娘をたしなめるが。
誰が坊や。誰が。
◇◇◇
びっくりしました。蒼一郎さんはお仕事で汽車でお出かけだと聞いていたから。まさかばったり出会うとは思わなかったんです。
「危ないとこでしたね、お嬢さん」
「ええ、蒼一郎さんにばれたらどうしようかと思いました」
「いや、そうやなくて」と波多野さんは頭を掻きます。
「頭が、弾いてくれましたけど。庭球……テニスっていうんですか? それの球がお嬢さんに直撃するとこだったんですよ」
「そうでした」
わたしは秘密のお買い物が蒼一郎さんにばれたんじゃないかと、そればかりに気を取られて。
さすがにあの球が当たると痛いですよね。
「蒼一郎さんは、いつでもわたしを守ってくださるんです」
「そうでしょうねぇ。絲お嬢さんを目の中に入れても痛くないみたいですから」
ふふっ、とわたしは微笑みました。
波多野さんは呆れた口調でしたが。でも、本当なの。
蒼一郎さんは、わたしをとても大事にしてくださるの。
「ね、波多野さん。お目当ての酒蔵はどこかしら」
「はいはい。頭に行き先を聞かれなくて良かったですね」
「ね、リボンも買いたいの、いいでしょ?」
「酒瓶にリボンですか」と、波多野さんは渋柿を食べたような顔をします。
もう、分かってないのね。
蒼一郎さんは浪漫を解する人なのよ。見た目は武骨だけれど、情緒に溢れているんだから。
そう、このお出かけは蒼一郎さんのお誕生日の贈り物を買いに来たの。
絲さんに手を差し伸べて、俺は彼女を立たせた。ついでに袴についた草を払ってやる。
「その……お買い物があったんです」
「急ぎの用か? 俺が居る時について行ったるのに」
絲さんは何故か俺から視線を外して、指をもじもじと組んだ。
これは。俺には知られたない買い物か。
もしかして女性特有の……腰巻とか? 肌襦袢とか?
いや、でもそれやったら波多野を連れて行く意味が分からん。
なんで波多野は良くて、俺はあかんのや。
そう問い詰めようとした時。白檀の強い匂いがした。
「ちょっとお、蒼一郎。早く停車場に行かないと、汽車に遅れるわよ」
文句を言いつつ、冬野が近づいてくる。声もやけど、風に乗る白檀の匂いで振り返らずとも彼女の接近が分かる。
「こ、こんにちは。名原さん」
「あら、冬野でいいわよ。じゃあ、蒼一郎を借りていくわね。またね、絲さん」
俺の腕を、冬野がぐいっと引っ張る。俺は仕方なく冬野の為すがままに歩き出した。
挨拶をしたばかりの絲さんは、呆然と見送っとう。
「ちゃうからな。仕事やからな」
俺は絲さんに向かって声を掛けた。
ああ、俺もここに留まりたい。何の買い物か知らんけど、俺が付き合いたい。
「はい、お気をつけて。お仕事頑張ってくださいね」
「夜には帰るから。ちゃんと風呂に入って、飯を食うんやで。あと、宿題も忘れずに。それから」
他に何か伝えることはあったっけ?
「帰ったら、まず手洗いな。菓子ばっかり食うたらあかんで」
「蒼一郎。あんた、あの子のお父さんなの?」
なんでやねん。
冬野の指摘に、俺は思わず声を荒げそうになった。それをせんかったのは、名原組の組長もおったからや。
冬野は呆れた様子で、俺を見上げている。
「まぁ、三條の坊にも、大事なモンが出来たってことや。あんまり揶揄わんといたり」と、組長は娘をたしなめるが。
誰が坊や。誰が。
◇◇◇
びっくりしました。蒼一郎さんはお仕事で汽車でお出かけだと聞いていたから。まさかばったり出会うとは思わなかったんです。
「危ないとこでしたね、お嬢さん」
「ええ、蒼一郎さんにばれたらどうしようかと思いました」
「いや、そうやなくて」と波多野さんは頭を掻きます。
「頭が、弾いてくれましたけど。庭球……テニスっていうんですか? それの球がお嬢さんに直撃するとこだったんですよ」
「そうでした」
わたしは秘密のお買い物が蒼一郎さんにばれたんじゃないかと、そればかりに気を取られて。
さすがにあの球が当たると痛いですよね。
「蒼一郎さんは、いつでもわたしを守ってくださるんです」
「そうでしょうねぇ。絲お嬢さんを目の中に入れても痛くないみたいですから」
ふふっ、とわたしは微笑みました。
波多野さんは呆れた口調でしたが。でも、本当なの。
蒼一郎さんは、わたしをとても大事にしてくださるの。
「ね、波多野さん。お目当ての酒蔵はどこかしら」
「はいはい。頭に行き先を聞かれなくて良かったですね」
「ね、リボンも買いたいの、いいでしょ?」
「酒瓶にリボンですか」と、波多野さんは渋柿を食べたような顔をします。
もう、分かってないのね。
蒼一郎さんは浪漫を解する人なのよ。見た目は武骨だけれど、情緒に溢れているんだから。
そう、このお出かけは蒼一郎さんのお誕生日の贈り物を買いに来たの。
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