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四章

20、ショバ代が払えません【1】

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 蒼一郎さんのお布団の中は、消毒薬の匂いが満ちていました。
 つい雷が怖くて潜り込んでしまいましたけど。
 やはり怪我のことを考えたら、甘えてはいけませんよね。

「あの、もう落ち着いたので。どうもお邪魔しました」
「はーあ? 何言うとん、絲さん」

 え? でもわたしが一緒にお布団に入ると困りますよね。
 でも、布団から出ようとするわたしの腕を、蒼一郎さんが掴みました。

「人のシマに入ってきてタダで出ていくつもりなんか?」
「え、その。わたし、お金を持っていません」

 困りました。よほど肩が痛かったのでしょうか。わたしは蒼一郎さんを怒らせてしまったようです。

「別に絲さんから金を巻き上げようとは思てへん」
「そうですよね」

 では何を? 枕を抱えて出て行こうとしていたわたしは、首を傾げました。

「体で払てもらおか、と言うとんや」
「そんな極道みたいなことを」
「いや、俺極道やし」

 そうでした。忘れていたわけではないのですが、つい。
 組員の方と接している時の蒼一郎さんは、確かに組長なんですけど。でも今日の夕方に、わたしに甘えてもたれかかって眠っていましたし。
 そういう姿を見てしまうと、怖さが薄らいでしまうんです。

「えっと、くちづけでいいですか?」
「じゃあ、まずはそれでええわ」

 それくらいなら、できますよ。
 わたしは、敷布団に手をついて蒼一郎さんの頬にくちづけました。

 もちろん、これくらいで終わってもらえるとは考えていません。
 次は唇です。さすがに自分から接吻するのは恥ずかしいですけど。きゅっと瞼を閉じて顔を寄せます。

 あら? 唇ってこんな感触だったかしら。妙に固いような。

「おいおい、絲さん。目標地点がずれとうで」

 目を開くと、わたしは蒼一郎さんの顎に接吻していました。
 これは、とんだ失礼を。

「あの、このくらいでいいですか?」
初心うぶな子どもやないんやから」

 蒼一郎さんは、小さく笑いましたが。目が笑ってませんよ。なんだか怖いです。

「せやなぁ。俺は怪我でちゃんと動かれへん。暴れたりしたら、傷に障るしなぁ」
「そうですよ。ちゃんと寝ていてくださいね。わたしは雷だって我慢できますから」
「そうか、雷も怖ないんか。絲さんは大人やなぁ」

 あら、褒めていただけました。

 わたしは嬉しくなって、自分の顔がにやけるのが分かりました。
 そうですよ。もうおじいさまのお膝に逃げ込んでいた子どもではないのです。恐怖も一人で克服できるんですからね。

「絲さん、照れとうとこ悪いけど。ちょっと体を起こしてもらえるか?」
「あ、はい。邪魔でしたね。済みません」

 軽い布団ごと上体を起こした時。なんということでしょう。蒼一郎さんが、わたしの寝間着の腰の紐を解いたの。

「あ、あの。何をなさるの?」

 庭の木々の葉を叩く雨の音と、ゴロゴロと不気味に響く雷の音。
 ハイカラなオイルランプの灯に照らされた蒼一郎さんは、なぜか意地悪そうな笑みを浮かべています。

「ショバ代の徴収や。あぁ、みかじめ料はとらへんから安心し。俺が絲さんを守るのは無料やで」

 ショバ代。場所代のことですよね。混乱していると、さらに寝間着が肩から外されます。さらに混乱している間に、するりと腰巻も剥ぎとられて。
 わたしは一糸まとわぬ姿で、蒼一郎さんのお布団に座っていたの。

「全部、絲さんにさせようとは思てへんから」
「あ、あの」

 鈍いわたしでも、さすがにこれは分かります。
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