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四章
13、遠い日の夢を見た【1】
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夢……なんかな。これは。
遠野の爺さんが落ち着きなく、うちの庭を歩き回っとう。
いつもは、どっしりと構えて侍っぽいのに。顔色は紙みたいに真っ白やし、立ち止まっては口を手で押さえて。しかもその筋張った手は小刻みに震えとった。
「爺さん、どうしたんや。食あたりか?」
「……いや」
「じゃあ水あたりか。どっちにしろ腹が痛いんやな」
普段なら「お前はアホか。ちょっと頭振ってみ。ほら『カラカラ』ってクルミみたいに小さい脳が音を立てとうわ」とか散々に罵られるのに。
その日の爺さんは「腹痛なら良かったんだが」と、力のない声で返事する。
問い詰めれば、どうやら孫娘が攫われたらしい。遠野の家に脅迫文が届いたそうや。
「孫娘って、まだ小學校に通う子どもやろ」
「いや、もう中等部だ。体が小さいから、小學生に見えなくもないが」
遠野の爺さんは、とうとう両手で顔を覆った。
「絲は、あの子は体が弱いんや。ほんまやったら家庭教師をつけて、外に出さへん方がええくらいや。けど、籠の鳥は可哀想や思て、小學校の頃はわしが送り迎えをして。ようやく前よりも元気になったのに……」
「ちょお、待てよ。鬼の遠野軍士って呼ばれとうあんたが、小娘が誘拐されたくらいでそんなおろおろするとか。うぐっ」
突然拳で殴られた。
あのなぁ、攻撃するならするそぶりを少しくらいは見せてくれや。避けられへんやろ。
まだ二十代半ばだった俺は、組長になって間がなくて血気盛んな頃だった。
俺がガキの頃から、剣術の指南役である遠野の爺さんに食って掛かることも平気やった。
「お前は絲を知らんから、そないなことが言えるんや。西洋の絵本で妖精とか描かれとうやろ。透き通るような薄い羽が生えて、小そうて。今にも消えてしまいそうなヤツ。ああいう感じで、ほんまにか弱いんや」
「薄い羽? トンボか蜉蝣か?」
「お前では話にならん」と、爺さんは横を向いてしまった。
組員の間の噂では聞いたことがある。
遠野の爺さんは、孫娘をそれはそれは可愛がって、今にもとろけそうな顔つきで、一緒に手を繋いで散歩しとうとか。
爺さんに痛手を食らわすなら、孫娘を狙うのが一番や、とか。
ああ、なるほど。確かにその孫娘は狙われるわ。
可哀想になぁ。まだ小さいやろけど、もうすでに売り飛ばされとうやろ。
どっかの屋敷のエロ男に飼われとんとちゃうやろか。
爺さんはそれ以上何も言わずに、親指の爪を噛んでいた。
目つきに普段の鋭さはなく、神経質そうに頬がピクリと動く。
「わしの孫やから、狙われたんや。絲が他所の子ぉやったら、こないなことに巻き込まれへんかったのに」
いつになく気弱なその姿に、俺は爺さんの生きる意味みたいなものを悟った。
強うて頭も切れて、組員からも尊敬されて。そういうのが大事なんやと思とった。
けど違う。
爺さんは、荒っぽい人生の果てに安らぎを見つけたんや。
「その孫娘を連れ戻しに行こか」
「蒼一郎」
「爺さんが辛気臭い顔をしとったら、組の士気も下がるしな。それにトンボみたいな孫娘の顔も見てみたいやんか」
「……トンボちゃうわ。妖精や」
細ぉて透けるような羽が生えとったら、トンボやろ。
遠野の爺さんが落ち着きなく、うちの庭を歩き回っとう。
いつもは、どっしりと構えて侍っぽいのに。顔色は紙みたいに真っ白やし、立ち止まっては口を手で押さえて。しかもその筋張った手は小刻みに震えとった。
「爺さん、どうしたんや。食あたりか?」
「……いや」
「じゃあ水あたりか。どっちにしろ腹が痛いんやな」
普段なら「お前はアホか。ちょっと頭振ってみ。ほら『カラカラ』ってクルミみたいに小さい脳が音を立てとうわ」とか散々に罵られるのに。
その日の爺さんは「腹痛なら良かったんだが」と、力のない声で返事する。
問い詰めれば、どうやら孫娘が攫われたらしい。遠野の家に脅迫文が届いたそうや。
「孫娘って、まだ小學校に通う子どもやろ」
「いや、もう中等部だ。体が小さいから、小學生に見えなくもないが」
遠野の爺さんは、とうとう両手で顔を覆った。
「絲は、あの子は体が弱いんや。ほんまやったら家庭教師をつけて、外に出さへん方がええくらいや。けど、籠の鳥は可哀想や思て、小學校の頃はわしが送り迎えをして。ようやく前よりも元気になったのに……」
「ちょお、待てよ。鬼の遠野軍士って呼ばれとうあんたが、小娘が誘拐されたくらいでそんなおろおろするとか。うぐっ」
突然拳で殴られた。
あのなぁ、攻撃するならするそぶりを少しくらいは見せてくれや。避けられへんやろ。
まだ二十代半ばだった俺は、組長になって間がなくて血気盛んな頃だった。
俺がガキの頃から、剣術の指南役である遠野の爺さんに食って掛かることも平気やった。
「お前は絲を知らんから、そないなことが言えるんや。西洋の絵本で妖精とか描かれとうやろ。透き通るような薄い羽が生えて、小そうて。今にも消えてしまいそうなヤツ。ああいう感じで、ほんまにか弱いんや」
「薄い羽? トンボか蜉蝣か?」
「お前では話にならん」と、爺さんは横を向いてしまった。
組員の間の噂では聞いたことがある。
遠野の爺さんは、孫娘をそれはそれは可愛がって、今にもとろけそうな顔つきで、一緒に手を繋いで散歩しとうとか。
爺さんに痛手を食らわすなら、孫娘を狙うのが一番や、とか。
ああ、なるほど。確かにその孫娘は狙われるわ。
可哀想になぁ。まだ小さいやろけど、もうすでに売り飛ばされとうやろ。
どっかの屋敷のエロ男に飼われとんとちゃうやろか。
爺さんはそれ以上何も言わずに、親指の爪を噛んでいた。
目つきに普段の鋭さはなく、神経質そうに頬がピクリと動く。
「わしの孫やから、狙われたんや。絲が他所の子ぉやったら、こないなことに巻き込まれへんかったのに」
いつになく気弱なその姿に、俺は爺さんの生きる意味みたいなものを悟った。
強うて頭も切れて、組員からも尊敬されて。そういうのが大事なんやと思とった。
けど違う。
爺さんは、荒っぽい人生の果てに安らぎを見つけたんや。
「その孫娘を連れ戻しに行こか」
「蒼一郎」
「爺さんが辛気臭い顔をしとったら、組の士気も下がるしな。それにトンボみたいな孫娘の顔も見てみたいやんか」
「……トンボちゃうわ。妖精や」
細ぉて透けるような羽が生えとったら、トンボやろ。
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