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四章
11、おじいさまの夢
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わたしは、ソファーに座っておじいさまの肩にもたれかかっていました。それに、今よりも子どもっぽい自分の姿が見えたから。ああ、これは夢なのだとすぐに気づきました。
「そうか。絲は、あの兄ちゃんが気に入ったんか」
「ええ、優しい方でしたよ。洋犬扱いされていた絲を助けてくださったの」
おじいさまは煙管の灰を、灰皿に落としながら渋いお顔をなさいました。
「洋犬なぁ。わしの可愛い絲を犬扱いするとか、許されへんわ。なんでも『カメ』って言うんは『来い』の意味らしいなぁ。ほんまはわしが一番に、絲を助けたかったんやけどな」
「あら。絲はおじいさまが一番よ」
そう告げると、おじいさまは目じりを下げて手を、わたしの頭に置きました。
細くて節くれだった指が、わたしの髪を梳きます。
「気ぃつけんとあかんで。絲を助けたあいつは鬼やからなぁ」
「怖い方なんですか?」
「まぁ、恐れられとうなぁ。それに、困ったなぁ。兄ちゃんも、絲のことをよう訊いてくるんや。『孫娘は、元気にしとうか?』とかな」
「あら。絲はいつも元気ですよ」
そう言うと、おじいさまは「はいはい」と肩をすくめました。
「熱出して、休んでない日にそういうことは言いなさい」
鬼は怖いです。でも確かに、あの方の背中には怖い顔の鬼が彫られていました。
おじいさまも怖がられているって、お父さまが仰っていたわ。
なのに、絲の知っているおじいさまは、とてもお優しいのよ。
「なぁ絲。女學院からの帰りに森があるやろ」
「おじいさまが、お仕事にいらしているお屋敷の近くの?」
「そうや。あそこの森は気ぃつけるんやで。鬼が出るからな。鬼に魅入られたら、もう戻ってこられへんで」
◇◇◇
「おじいさま……」
目を開いたわたしは、おじいさまとお別れしたくなくて手を伸ばしました。
夢でもいいの。一緒にソファーに座って、折り紙を折るわたしに「絲は何でも上手に折るなぁ。ほんまに器用やなぁ」と褒めてくださる日々が懐かしくて。
折り紙でウサギを作っても猫を作っても、全部「可愛いブタやなぁ」なんて間違ってばかりで。それでも、わたしはおじいさまと過ごした日々が大好きだったの。
でも、視界に入るのは遠野の家の洋室の天井でなく。今では見慣れた座敷の格子天井でした。
覗きこんでくる顔に、わたしは泣きたいような嬉しいような気持ちになりました。
「絲さん。気ぃついたか?」
夢の中でわたしの頭を撫でていたのはおじいさまだったのに。今は、蒼一郎さんがわたしの頭を撫でてくれています。
蒼一郎さんは左肩の着物をはだけて、銃弾を受けた場所に包帯を巻いています。いつもの座敷には消毒薬の匂いが満ちていました。
「大丈夫なんですか?」
布団から起き上がろうとしたわたしを、大きな手が止めます。正確には、てのひらで頭を押さえられて上体を起こすことができません。
「寝とき。貧血を起こしたんや。波多野に鉄瓶で湯を沸かしてもろたから。それを飲んだらええわ」
背中を向けてお盆に載せた鉄瓶を持ち上げると、包帯に少し隠れた鬼……正確には夜叉の彫り物が筋肉に合わせて動きました。
わたしを助けてくださった鬼です。
「そうか。絲は、あの兄ちゃんが気に入ったんか」
「ええ、優しい方でしたよ。洋犬扱いされていた絲を助けてくださったの」
おじいさまは煙管の灰を、灰皿に落としながら渋いお顔をなさいました。
「洋犬なぁ。わしの可愛い絲を犬扱いするとか、許されへんわ。なんでも『カメ』って言うんは『来い』の意味らしいなぁ。ほんまはわしが一番に、絲を助けたかったんやけどな」
「あら。絲はおじいさまが一番よ」
そう告げると、おじいさまは目じりを下げて手を、わたしの頭に置きました。
細くて節くれだった指が、わたしの髪を梳きます。
「気ぃつけんとあかんで。絲を助けたあいつは鬼やからなぁ」
「怖い方なんですか?」
「まぁ、恐れられとうなぁ。それに、困ったなぁ。兄ちゃんも、絲のことをよう訊いてくるんや。『孫娘は、元気にしとうか?』とかな」
「あら。絲はいつも元気ですよ」
そう言うと、おじいさまは「はいはい」と肩をすくめました。
「熱出して、休んでない日にそういうことは言いなさい」
鬼は怖いです。でも確かに、あの方の背中には怖い顔の鬼が彫られていました。
おじいさまも怖がられているって、お父さまが仰っていたわ。
なのに、絲の知っているおじいさまは、とてもお優しいのよ。
「なぁ絲。女學院からの帰りに森があるやろ」
「おじいさまが、お仕事にいらしているお屋敷の近くの?」
「そうや。あそこの森は気ぃつけるんやで。鬼が出るからな。鬼に魅入られたら、もう戻ってこられへんで」
◇◇◇
「おじいさま……」
目を開いたわたしは、おじいさまとお別れしたくなくて手を伸ばしました。
夢でもいいの。一緒にソファーに座って、折り紙を折るわたしに「絲は何でも上手に折るなぁ。ほんまに器用やなぁ」と褒めてくださる日々が懐かしくて。
折り紙でウサギを作っても猫を作っても、全部「可愛いブタやなぁ」なんて間違ってばかりで。それでも、わたしはおじいさまと過ごした日々が大好きだったの。
でも、視界に入るのは遠野の家の洋室の天井でなく。今では見慣れた座敷の格子天井でした。
覗きこんでくる顔に、わたしは泣きたいような嬉しいような気持ちになりました。
「絲さん。気ぃついたか?」
夢の中でわたしの頭を撫でていたのはおじいさまだったのに。今は、蒼一郎さんがわたしの頭を撫でてくれています。
蒼一郎さんは左肩の着物をはだけて、銃弾を受けた場所に包帯を巻いています。いつもの座敷には消毒薬の匂いが満ちていました。
「大丈夫なんですか?」
布団から起き上がろうとしたわたしを、大きな手が止めます。正確には、てのひらで頭を押さえられて上体を起こすことができません。
「寝とき。貧血を起こしたんや。波多野に鉄瓶で湯を沸かしてもろたから。それを飲んだらええわ」
背中を向けてお盆に載せた鉄瓶を持ち上げると、包帯に少し隠れた鬼……正確には夜叉の彫り物が筋肉に合わせて動きました。
わたしを助けてくださった鬼です。
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