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四章
10、おじいさまの教え
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わたしの頭に突きつけられていた銃口が離れました。
けれど、ほっとする暇もないままに拳銃は蒼一郎さんに向けられます。
「だめっ、やめて」
銃口から、鼓膜が痛くなるほどの発砲音が響きます。
蒼一郎さんの左肩が弾かれた様に動き、そして床に崩れ落ちます。
わたしは悲鳴を上げました。
「大丈夫やから、絲さん」
大丈夫なはずがありません。痛そうじゃないですか、苦しそうじゃないですか。単衣の肩が破れて、血が出ているじゃないですか。
床に膝をつき、刀を支えにして蒼一郎さんは立ち上がろうとなさいます。
わたしの為に? 駄目です、そんなの。
「お嬢さん、すんません。俺が……俺が守り切れなかったから」
ひゅうと苦しそうな息をしながら、倒れた森内さんがわたしに手を伸ばしました。
違う。悪いのは暴漢です。
わたしは顔を上げて、わたしの首に腕をまわしている男を睨みつけました。
男の銃は、今も蒼一郎さんを狙っています。
貧相なわたしの力で勝てるはずもありませんが。わたしには、おじいさまの教えがあるの。
ええ、しっかりと覚えています。
――絲。お前はわしの孫娘やから。危ないことに巻き込まれることもあるやろ。けど、じいちゃんが守ったるから安心しぃな。
常々そう仰っていたおじいさま。でも、いざという時のために、目玉が飛び出るような痛みで男の時間を止める方法を教えてくださったわ。
――お前は愛らしいお嬢さんやから。大体の男は油断する。その時を狙うんやで。静かに隙を窺うんや。
はいっ、おじいさま。絲はおじいさまの教えを、ちゃんと守ります。
日傘の柄はしっかりとした造りで硬いです。それを男の脛に向かってぶつけます。
「うっ」と男が呻き声を上げました。その拍子に、わたしの首に回されていた腕が弛みます。
すかさず、わたしは彼の急所を日傘の先端で突き刺しました。
「ぎゃあ」という悲鳴と共に、男は床に四つん這いになります。苦し気に呻いては肩を落とし、床には唾液なのか吐いたものなのか、口から流した何かが零れていました。
「これ以上の危害を加えるのでしたら、喉を潰します」
わたしは日傘の細く尖った先を、倒れた男の喉仏の部分に当てました。
これも急所の一つです。
「え、えげつな……さすがは遠野の爺さんの孫で、頭の想い人や」
顔面を蒼白にした森内さんが、よろめきながら立ち上がります。
男の手から離れた拳銃を奪い、そして弾が残っていることを確認すると、男に向けて発砲しました。
躊躇することなく。
撃たれた瞬間、びくりと体が痙攣した暴漢は、その後動くことはありませんでした。
これが蒼一郎さんの世界。これが、おじいさまが関わっていらした世界。
わたしにも決して無縁ではありません。
「絲さん……」
よろめきながらも、蒼一郎さんがわたしに向かって走ってきます。単衣の着物の裾が乱れ、しかも肩を打たれている所為で、蒼一郎さんの膝が崩れます。
「蒼一郎さんっ」
わたしは、転びそうになる蒼一郎さんを支えました。
ええ、勿論そんな力はわたしにありませんから。
二人揃って、通路に倒れてしまいます。
「怪我はないか? ああ、首を締めつけられたやろ。可哀想に」
「いいえ。怪我をなさっているのは蒼一郎さんです」
「こんなん怪我の内に入らへん。弾もかすっただけや」
蒼一郎さんは微笑んでくださいますが。でも、頬から血がどくどくと流れているんです。
わたしは懐から半巾を取りだそうとしましたが。指が震えて、言うことを聞きません。
ようやく取りだした半巾を蒼一郎さんの頬へ添えようとしますが。血の赤とそのにおいに目眩がして。
「絲さん? 絲さんっ!」
違うの。蒼一郎さんは怪我をなさっているの。わたしは平気なのだから、倒れたくないの。
なのに、心配そうに覗きこむ蒼一郎さんの顔がぼやけて。視界が暗くなって。
嫌よ。こんなに弱いままでいたくない。
わたしは重い手を上げて、蒼一郎さんの腕に手を掛けました。
けれど、ほっとする暇もないままに拳銃は蒼一郎さんに向けられます。
「だめっ、やめて」
銃口から、鼓膜が痛くなるほどの発砲音が響きます。
蒼一郎さんの左肩が弾かれた様に動き、そして床に崩れ落ちます。
わたしは悲鳴を上げました。
「大丈夫やから、絲さん」
大丈夫なはずがありません。痛そうじゃないですか、苦しそうじゃないですか。単衣の肩が破れて、血が出ているじゃないですか。
床に膝をつき、刀を支えにして蒼一郎さんは立ち上がろうとなさいます。
わたしの為に? 駄目です、そんなの。
「お嬢さん、すんません。俺が……俺が守り切れなかったから」
ひゅうと苦しそうな息をしながら、倒れた森内さんがわたしに手を伸ばしました。
違う。悪いのは暴漢です。
わたしは顔を上げて、わたしの首に腕をまわしている男を睨みつけました。
男の銃は、今も蒼一郎さんを狙っています。
貧相なわたしの力で勝てるはずもありませんが。わたしには、おじいさまの教えがあるの。
ええ、しっかりと覚えています。
――絲。お前はわしの孫娘やから。危ないことに巻き込まれることもあるやろ。けど、じいちゃんが守ったるから安心しぃな。
常々そう仰っていたおじいさま。でも、いざという時のために、目玉が飛び出るような痛みで男の時間を止める方法を教えてくださったわ。
――お前は愛らしいお嬢さんやから。大体の男は油断する。その時を狙うんやで。静かに隙を窺うんや。
はいっ、おじいさま。絲はおじいさまの教えを、ちゃんと守ります。
日傘の柄はしっかりとした造りで硬いです。それを男の脛に向かってぶつけます。
「うっ」と男が呻き声を上げました。その拍子に、わたしの首に回されていた腕が弛みます。
すかさず、わたしは彼の急所を日傘の先端で突き刺しました。
「ぎゃあ」という悲鳴と共に、男は床に四つん這いになります。苦し気に呻いては肩を落とし、床には唾液なのか吐いたものなのか、口から流した何かが零れていました。
「これ以上の危害を加えるのでしたら、喉を潰します」
わたしは日傘の細く尖った先を、倒れた男の喉仏の部分に当てました。
これも急所の一つです。
「え、えげつな……さすがは遠野の爺さんの孫で、頭の想い人や」
顔面を蒼白にした森内さんが、よろめきながら立ち上がります。
男の手から離れた拳銃を奪い、そして弾が残っていることを確認すると、男に向けて発砲しました。
躊躇することなく。
撃たれた瞬間、びくりと体が痙攣した暴漢は、その後動くことはありませんでした。
これが蒼一郎さんの世界。これが、おじいさまが関わっていらした世界。
わたしにも決して無縁ではありません。
「絲さん……」
よろめきながらも、蒼一郎さんがわたしに向かって走ってきます。単衣の着物の裾が乱れ、しかも肩を打たれている所為で、蒼一郎さんの膝が崩れます。
「蒼一郎さんっ」
わたしは、転びそうになる蒼一郎さんを支えました。
ええ、勿論そんな力はわたしにありませんから。
二人揃って、通路に倒れてしまいます。
「怪我はないか? ああ、首を締めつけられたやろ。可哀想に」
「いいえ。怪我をなさっているのは蒼一郎さんです」
「こんなん怪我の内に入らへん。弾もかすっただけや」
蒼一郎さんは微笑んでくださいますが。でも、頬から血がどくどくと流れているんです。
わたしは懐から半巾を取りだそうとしましたが。指が震えて、言うことを聞きません。
ようやく取りだした半巾を蒼一郎さんの頬へ添えようとしますが。血の赤とそのにおいに目眩がして。
「絲さん? 絲さんっ!」
違うの。蒼一郎さんは怪我をなさっているの。わたしは平気なのだから、倒れたくないの。
なのに、心配そうに覗きこむ蒼一郎さんの顔がぼやけて。視界が暗くなって。
嫌よ。こんなに弱いままでいたくない。
わたしは重い手を上げて、蒼一郎さんの腕に手を掛けました。
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