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四章
9、百貨店の中なのに
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悲鳴があちこちから起こっています。お客さまが一斉に通路の端に寄り、その空いた中央を男が走ってきます。
こちらへ向かって。
紬の着物を着た店員が止めようとしますが、男に突き飛ばされてしまいました。
「頭。これを!」
柱の陰から、組の方が蒼一郎さんにドスと呼ばれる刀を放り投げました。
それを片手で掴んだ蒼一郎さんは、白木の鞘をすらりと抜きます。
お客さまや店員が息を呑むのが伝わってきました。
「絲さん。俺の背中から出るなよ」
肩越しにわたしを見た、蒼一郎さんの眼光の鋭さ。まるで猛禽を思わせるその目つきに、わたしは言葉を発することもできずに、ただ買ったばかりの閉じた日傘を握りしめました。
土足禁止の店内で、男の靴の足音が聞こえます。
耳が痛くなるような、キンッという硬く高い音。それもひっきりなしに。
蒼一郎さんが、男の攻撃をかわしているのが伝わってきます。
「死ねや!」
風圧を感じて、目を見開いた時。わたしの頭の少し上に、ぎらりと光る刀身がありました。
切れた蒼一郎さんの髪が、散っていきます。
そして血の雫も。
もしかしてわたしがいるから、蒼一郎さんは戦えないの? わたしが邪魔をしているの?
「お嬢さん。こっちです」
いつの間にいらしたのか組員の森内さんが、こちらに向かって走ってきます。
「お嬢さんがおったら、頭まで殺られてしまいます。こっちに来てください」
「待て。絲さん、俺と一緒に」
振り返った蒼一郎さんの頬は、血で濡れていました。
わたしの為に、わたしを守ろうとして怪我を……そんなの嫌。
「絲さんっ!」
蒼一郎さんの声を後に、わたしは日傘を持ったまま森内さんのいる入口へと向かって走りました。
森内さんがわたしの手を取って外へと導きます。振り返ると、蒼一郎さんを襲っていた男は、すでに床に倒れていました。
よかった。無事だったのね。
安心して息をついた時、わたしの視界の端で崩れ落ちる森内さんの姿が目に入りました。
「あぁ、こいつが三條の情婦か。あの頃は子どもだったのに大きくなって。ようよう縁があるなぁ」
何のこと? わたしに向かって歩いてきた男……まるで剃刀を思わせるひょろりとしているのに、恐ろしそうな男が倒れた森内さんを蹴飛ばします。
「う……ぅ、お嬢さん。逃げてください」
「森内さん。しっかりなさって」
頭を殴られたのでしょう。森内さんのひたいに、赤い血が流れていました。
「絲さんっ」とわたしの名を呼びながら、蒼一郎さんが走ってくるのが見えます。待機していらした他の組員も。
突然、パンッという音が立て続けに響いて。
そして組の方が、床に倒れました。
火薬のようなにおい。華奢に見える男の手に握られていた拳銃から、白い煙が立ちのぼっています。
「蒼一郎さんっ!」
ああ、何ということでしょう。頬が血濡れた蒼一郎さんも、肩を押さえて。頬から流れた血が首筋を伝い、着物の衿が赤く染まっていきます。
蒼一郎さん、蒼一郎さんっ。
わたしは彼に向かって駆けだそうとしました。ですが、男の腕がわたしの首を締めて。しかも頭部に硬い物が当てられます。
「それ以上近づいてみろ。この娘の頭に風穴を開けてやる」
冷淡な声で告げられて、自分に突きつけられているのが拳銃であると初めて気づきました。
こちらへ向かって。
紬の着物を着た店員が止めようとしますが、男に突き飛ばされてしまいました。
「頭。これを!」
柱の陰から、組の方が蒼一郎さんにドスと呼ばれる刀を放り投げました。
それを片手で掴んだ蒼一郎さんは、白木の鞘をすらりと抜きます。
お客さまや店員が息を呑むのが伝わってきました。
「絲さん。俺の背中から出るなよ」
肩越しにわたしを見た、蒼一郎さんの眼光の鋭さ。まるで猛禽を思わせるその目つきに、わたしは言葉を発することもできずに、ただ買ったばかりの閉じた日傘を握りしめました。
土足禁止の店内で、男の靴の足音が聞こえます。
耳が痛くなるような、キンッという硬く高い音。それもひっきりなしに。
蒼一郎さんが、男の攻撃をかわしているのが伝わってきます。
「死ねや!」
風圧を感じて、目を見開いた時。わたしの頭の少し上に、ぎらりと光る刀身がありました。
切れた蒼一郎さんの髪が、散っていきます。
そして血の雫も。
もしかしてわたしがいるから、蒼一郎さんは戦えないの? わたしが邪魔をしているの?
「お嬢さん。こっちです」
いつの間にいらしたのか組員の森内さんが、こちらに向かって走ってきます。
「お嬢さんがおったら、頭まで殺られてしまいます。こっちに来てください」
「待て。絲さん、俺と一緒に」
振り返った蒼一郎さんの頬は、血で濡れていました。
わたしの為に、わたしを守ろうとして怪我を……そんなの嫌。
「絲さんっ!」
蒼一郎さんの声を後に、わたしは日傘を持ったまま森内さんのいる入口へと向かって走りました。
森内さんがわたしの手を取って外へと導きます。振り返ると、蒼一郎さんを襲っていた男は、すでに床に倒れていました。
よかった。無事だったのね。
安心して息をついた時、わたしの視界の端で崩れ落ちる森内さんの姿が目に入りました。
「あぁ、こいつが三條の情婦か。あの頃は子どもだったのに大きくなって。ようよう縁があるなぁ」
何のこと? わたしに向かって歩いてきた男……まるで剃刀を思わせるひょろりとしているのに、恐ろしそうな男が倒れた森内さんを蹴飛ばします。
「う……ぅ、お嬢さん。逃げてください」
「森内さん。しっかりなさって」
頭を殴られたのでしょう。森内さんのひたいに、赤い血が流れていました。
「絲さんっ」とわたしの名を呼びながら、蒼一郎さんが走ってくるのが見えます。待機していらした他の組員も。
突然、パンッという音が立て続けに響いて。
そして組の方が、床に倒れました。
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「蒼一郎さんっ!」
ああ、何ということでしょう。頬が血濡れた蒼一郎さんも、肩を押さえて。頬から流れた血が首筋を伝い、着物の衿が赤く染まっていきます。
蒼一郎さん、蒼一郎さんっ。
わたしは彼に向かって駆けだそうとしました。ですが、男の腕がわたしの首を締めて。しかも頭部に硬い物が当てられます。
「それ以上近づいてみろ。この娘の頭に風穴を開けてやる」
冷淡な声で告げられて、自分に突きつけられているのが拳銃であると初めて気づきました。
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