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四章

5、百貨店でお買い物【1】

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 百貨店は不思議な雰囲気の(異国風なのかしら)二階建ての白い建物で、端に塔のようなものがあり、窓には小さなバルコニーがついています。

「サラセン様式の建物や。印度の……というか英吉利イギリスが統治しとう、コロニアル……植民地風の様式やな」

 蒼一郎さんが説明してくださいますが。一つ一つの単語が難しくて。頭の中が混乱します。
 百貨店に着くと、下足番に草履を預かってもらいます。元が呉服屋さんなので、その名残なのでしょう。
 
「絲さん、日傘を見に行くで」
「え? 便箋が先ですよ」
「日傘みたいな雑貨は一階やから、ちょうどええんやけどなぁ」

 眉根を寄せて、難しそうな表情を浮かべていた蒼一郎さんですが。なぜか辺りをちらっと見まわすと「じゃあ、便箋を見にいこか」と折れてくださいました。

 珍しいことです。蒼一郎さんが譲歩するだなんて。

 何度か訪れているらしく、蒼一郎さんは迷うことなく文房具売り場へと進みました。
 石造りの階段は、まるでそれ自体が彫刻であるかのように美しく静かな光を内包し、しかも手すりに触れるとひんやりとして心地よいんです。

 二階に上がると、紬姿の男性店員さんが出迎えてくれました。

「いらっしゃいませ、三條さま。ご連絡を頂けましたら、お伺いいたしましたのに」
「いや、買うもんが多いから。持ってきてもらうんも悪いし」

 店員さんがわたしに視線を向けて、にっこりと微笑みます。

「三條さま。よいご縁に恵まれたようで、おめでとうございます。今日は、内祝いをお探しですか?」
「そうやったらええんやけど。まだちょっと早いかな」
「では、その折は是非当店で。三條さまに相応しい、素晴らしい内祝いをご用意いたします」

 店員さんに見送られながら、わたしたちは文房具売り場へと向かいます。

 内祝いってなんでしょう? そう思って蒼一郎さんを見上げて尋ねてみます。

「あー、女學生はそういうの疎いんか。結婚とか出産で祝いをもらうやろ。そのお返しのことや」

 結婚? 出産?
 わたしは目を丸くして、瞬きすらも忘れました。

 でも、先輩でも卒業を待たずに輿入れする方もいらっしゃるわ。
 それに蒼一郎さんも、折に触れて子どもの話をなさるし。

 もう遠い未来のことではないのだわ。
 わたしは急に恥ずかしくなって、両手で頬を押さえました。

 極道の妻らしいことは、しなくていいと言われたけれど。
 でも、そうでなくてもわたしが母親になんてなれるのかしら。
 わたしは、帯で締めつけられたお腹に手を添えてみました。

「絲さん? 腹が痛いんか?」
「いえ、そんなことないですよ」
「けど、顔が赤いで」
「ち、違うの。何でもないんです」

「そうか?」と首を傾げながらも、何とか納得してもらえました。

◇◇◇

 文房具売り場は、とても大人な空間でした。
 陳列された万年筆は、どれも厳かであり、並んだインク壜は宝石を溶かして詰めたかのよう。

 百貨店は掛け値なしの、正札がついているのですが。
 わたしは、恭しく並んだ万年筆の値札を見て息を呑みました。
 
 文房具ですよね、これ。蒼一郎さんが同じような舶来物を使っていらっしゃいますけど。
 びっくりするようなお値段ですよ。
 軸の部分もお高そうなんですけど。ペン先が金でできているんですもの。

「ああ、インクが切れかけとうし。用意してもらえるか」

 蒼一郎さんが店員さんに声を掛けると、メーカーも色も確かめずに店員さんがインクを用意しました。もちろん、蒼一郎さんが普段使ってらっしゃるものです。

 お得意様って、怖いです。
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