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四章

1、あかん、絶対にあかん【1】

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 今朝、起きた時妙な違和感を覚えました。
 ええ、体に。
 
 蒼一郎さんに抱かれた翌朝は、下腹部がじんと痛むんです。でも、今日は少し違うような……。

 二人で座卓について、朝食のお粥を頂きながら、わたしはふと思い当たりました。

「絲さん? 顔が赤いで。熱が出たんか?」
「ち、違います。平気です」

「ほんまかなぁ」と訝しみながら、蒼一郎さんが手を伸ばしてきます。

「結局、昨日も晩飯も食わんと寝てしもとったやろ。昼寝のまま朝まで寝るとは、さすがに驚いたけどな」

 大きな手、蒼一郎さんの長くて節くれだった指が、わたしのおでこに触れてきます。昨日は、その指が……。

「きゃぁぁっ」

 わたしは、両手で顔を覆ってしまいました。

「え? ほんまに出かけても、大丈夫か?」
「へいきです……ぅ」

 もう、ほとんど半泣きでした。蒼一郎さんには、この恥ずかしさは分からないんだわ。
 それが証拠に首を傾げていらっしゃるもの。

「ほら、梅干しが疲れに効くらしいで。あと、酢がええらしいな」

 道理で梅干しや酢の物など、酸っぱい物がたくさん用意されていると思いました。

 蒼一郎さんは、ご自分の梅干をわたしのお茶碗に入れました。
 お粥なのはわたしだけで、蒼一郎さんは普通のご飯です。

 わたしも、お粥じゃなくてご飯がいいのですけど。
 波多野さんに「今朝もお粥なんですか?」と訊いたら「その方が、お嬢さんはちゃんと食べはるでしょ」と言われてしまいました。

◇◇◇

 今朝は珍しく、絲さんが波多野に食い下がっとったな。

 ここのところ朝食に、粥が続いとうからやろか。(全部、俺の所為なんやけど)
 絲さんはどうやら粥に飽きたらしい。
 匙ですくっては、眺めるばかりでなかなか口に運ぼうとしない。

 波多野の心配も分かる。あいつは、絲さんの母親かというくらい、彼女のことを心配しとう。
 
 しかもなんとか彼女に食わせようと試みとうのが、見ていて涙ぐましい。

「失礼します」

 そう言い置いて、波多野が座敷に入ってきた。
 なんやろと、思て見上げたら、もう日常着のようになってしもたフリルのついた割烹着姿で、盆を運んできた。

「絲お嬢さん。これやったら食べられますか?」

 波多野が、絲さんの前に置いたのは、ちんまりとしたおにぎりやった。
 しかも、なんか薄焼き卵で包んであるんやけど?

「まぁ、可愛い。どうしたんですか?」
「お雛さんを模して作ってみたんです。薄焼き卵は、料理番が焼いてくれたのがあったので」

 なるほど、薄焼き卵は十二単か。それで? 黒い胡麻が目ぇで、梅干しを小さくちぎったのが口。考えたな、こいつ。

「素敵、食べるのが勿体ないです」
「いや、食べてもらわんと困りますから。絲お嬢さんは、本当に食が細いから」

 言葉だけ聞いてると、まるで苦言やけど。波多野の表情は、すごく嬉しそうや。
 こいつ、母性というか父性というか。なんで絲さんの保護者的立ち位置になっとんやろ。

 まぁ、分からんでもないか。
 俺は、湯呑みに入った茶を飲んだ。湯気の向こうに、微笑みあう絲さんと波多野が見える。

 俺がおらんかったら、波多野はきっと絲さんに恋しとったやろ。
 もし俺がおらんようになったら、絲さんを波多野に託して……。

「あかん! 絶対にあかん」

 自分でも気づかぬ内に、声を上げてしまっていた。
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