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三章

45、行かへんから

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 待て待て、どういうことや。俺は、しくしくと泣く絲さんの頭を撫でた。

 確かに森内は、俺に若いもんの集会に顔を出してくれと言うとった。その後、そのまま遊べるから……と。

 その冗談を、絲さんは真に受けたんか。自分に色気がないから、それで俺が絲さんに飽きて、女を抱きに行く……と。

 あいつ、簀巻きにして海に沈めたる。

 絲さんは分かってへんのやな。自分がどれだけ色気が滲んでいるのか。

 絲さんの泣き方は、見ていてとてもつらい。とても静かで、声を殺して泣くもんやから。
 胸が引き絞られるように、苦しくなる。

 しかも、それが俺を想って、俺を独り占めしたくて泣いているんやから。
 俺は、ほんまに絲さんに愛されとんやな。

 こんなに幸せなことはないよな。

「大丈夫や。俺は花街には行かへんから」
「でも、わたしでは……うぅ……満足なさらないのでしょう?」

 あー、困ったな。けど可愛いなぁ。
 俺は盛大に困惑しながらも、多分顔がにやけとった。
 絲さんが両手で顔を覆っとうから、俺の表情を見られずに済んでよかった。
 
 いや、泣いてるから喜んでてもあかんのやけど。
 
「なぁ、絲さん? 俺は絲さん相手やから、加減ができへんのやで」
「う、うう。それは蒼一郎さんが、ぜ、ぜつ……り」

 絲さんは顔を真っ赤にして、言葉の続きを飲み込んだ。
 まぁ、何が言いたいか大体想像はつくけど。

 なんか悪い言葉を覚えてきとうな。組の者の所為か? それとも女學院の小生意気な級友の所為か?
 
「俺は女好きと違うで。俺は絲さんが好きなだけやし、絲さんやから我慢もできへんだけや」
「ほ、本当に?」
「ほんま、ほんま」

「だから、おいで」と両腕を広げると、ようやく絲さんは顔を見せてくれた。
 恐る恐る俺に向かって両手を差し伸べて、そのまま……涙でぐずぐずになった顔のままで、俺の胸に飛び込んできた。

 お帰り、絲さん。

「貧血の具合はどうや?」
「大丈夫みたいです」
「そうか、よかった」

 俺の口許がにやりと上がったのを、胸に顔を埋めた絲さんは見てへんかったようだ。

「蒼一郎さん、蒼一郎さん」
「ん? どうした」
「あのね、わたし蒼一郎さんのこと大好きなの」

 俺の胸に顔を埋めて喋るから。
 彼女の口から出る言葉の振動が、着物を通して肌に伝わってくる。

 ああ、もう。そんな可愛いことを腕の中で言わんといてくれ。
 柔らかなその髪を手に触れて……そして絲さんのうなじに手を掛けると、彼女に上を向かせた。
 
「蒼一郎さん?」

 パーラーでは、接吻だけで我慢した。外やから。それに絲さんの具合が悪かったから、着替えさせる時も手は出さんかったけど。

「無理はさせへん。大丈夫か?」
「無理って?」
「このまま絲さんを抱いてもええかと、尋ねてるんや」

 単刀直入に問いかけると、絲さんは頬を赤らめながらうなずいた。

 ああ、なんて愛らしいんや。

 俺は絲さんの肩を左手で支えたまま、右手で帯紐をするりと解いた。
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