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三章
40、あいすくりん【2】
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「遠慮しぃの絲さんが、よう決断したな」
「言わないで。恥ずかしいんです」
「いや、揶揄っとうわけやのうて。純粋に感心しとんやで」
純粋に感心って、なんですか。
だって、そんな高い物を頼むのは気が引けるんですよ。
わたしは子どもの頃、おじいさまと一緒に居る時間が長かったのですが。常々「贅沢を当たり前と思ってはいけない」と教えられてきたのですから。
蒼一郎さんから視線を外して、坂の下に広がる海を眺めます。
狭い海峡に帆掛け舟が浮いています。それと商船かしら。とても大きな船がゆったりと進んでいます。
眺めていると眠くなるような、のどかな景色。
でも、その穏やかな気分も給仕さん言葉で霧散しました。
「お待たせいたしました。珈琲とあいすくりんでございます」
はっ! わたしは弾かれた様に振り返りました。
給仕さんが持っているお盆、その上に神々しくあいすくりんが鎮座しています。
高坏のようにステムのついた美しいギヤマンの器。そこに、こんもりと盛られたあいすくりんは、外国の雪を頂いた山を思わせます。
わたしは言葉を失って、その端正で美しい白を眺めていました。
「溶けるで、絲さん」
待って、静かにして。この美麗な白を、わたしは目に焼きつけておきたいの。ご老人が「冥途の土産に」ってよく仰るけど。その気持ち、分かるような気がします。
「では。いただきます」
「なんか今から剣術の試合でもするみたいやな」
もう揶揄う声は気になりませんでした。自分の顔が映りこむ、美しく磨かれた銀の匙を持ち、あいすくりんを一すくい。
「い、いただきます」
「うん、二度目の『いただきます』やな」
ああ、匙を持つ手が震えそう。貴重なあいすくりんを落とすわけにはいきません。
わたしは急いであいすくりんを口に含みました。
なんという美味しさ。言葉になりません。
冷たくて儚くて。雪のようですが、それよりももっと滑らかで、そして口の中で消えても甘さがほんわりと残って。
「今夜死んでしまっても、後悔はないわ」
「いや、やめてくれ。絲さんの場合は、シャレにならへんから」
もう、失礼ですね。
わたしはふた口めのアイスクリンも頂きました。
ああ、でも本当に天に召されてしまいそう。
「ほんまに幸せそうに食べるんやな」
「蒼一郎さんもいかがですか? 珈琲なんて苦いでしょう?」
「『なんて』は余分やで」
蒼一郎さんは顔をしかめますが。そんな苦い豆の焦がし汁、よく飲めますよね。
「はい、ひと口どうぞ」
「いや……俺は」
なぜか蒼一郎さんは、お隣のテーブルに目を向けます。
あら、組長だからといってあいすくりんを食べたらおかしいなんてこと、ありませんよ。
だって三條組の方は、波多野さんもですけどパンケークをご存じだったじゃありませんか。
「はい、どうぞ」
「いや、それは絲さんが食べ」
「では蒼一郎さんは?」
「絲さんがそれを食べた後に、もらうから」
まぁ、それもそうですね。溶けかけたのは、嫌ですよね。
わたしは匙を口に運んで、濃厚な甘さを堪能しました。
その時です。
蒼一郎さんが、扇子をぱっと広げたの。
「言わないで。恥ずかしいんです」
「いや、揶揄っとうわけやのうて。純粋に感心しとんやで」
純粋に感心って、なんですか。
だって、そんな高い物を頼むのは気が引けるんですよ。
わたしは子どもの頃、おじいさまと一緒に居る時間が長かったのですが。常々「贅沢を当たり前と思ってはいけない」と教えられてきたのですから。
蒼一郎さんから視線を外して、坂の下に広がる海を眺めます。
狭い海峡に帆掛け舟が浮いています。それと商船かしら。とても大きな船がゆったりと進んでいます。
眺めていると眠くなるような、のどかな景色。
でも、その穏やかな気分も給仕さん言葉で霧散しました。
「お待たせいたしました。珈琲とあいすくりんでございます」
はっ! わたしは弾かれた様に振り返りました。
給仕さんが持っているお盆、その上に神々しくあいすくりんが鎮座しています。
高坏のようにステムのついた美しいギヤマンの器。そこに、こんもりと盛られたあいすくりんは、外国の雪を頂いた山を思わせます。
わたしは言葉を失って、その端正で美しい白を眺めていました。
「溶けるで、絲さん」
待って、静かにして。この美麗な白を、わたしは目に焼きつけておきたいの。ご老人が「冥途の土産に」ってよく仰るけど。その気持ち、分かるような気がします。
「では。いただきます」
「なんか今から剣術の試合でもするみたいやな」
もう揶揄う声は気になりませんでした。自分の顔が映りこむ、美しく磨かれた銀の匙を持ち、あいすくりんを一すくい。
「い、いただきます」
「うん、二度目の『いただきます』やな」
ああ、匙を持つ手が震えそう。貴重なあいすくりんを落とすわけにはいきません。
わたしは急いであいすくりんを口に含みました。
なんという美味しさ。言葉になりません。
冷たくて儚くて。雪のようですが、それよりももっと滑らかで、そして口の中で消えても甘さがほんわりと残って。
「今夜死んでしまっても、後悔はないわ」
「いや、やめてくれ。絲さんの場合は、シャレにならへんから」
もう、失礼ですね。
わたしはふた口めのアイスクリンも頂きました。
ああ、でも本当に天に召されてしまいそう。
「ほんまに幸せそうに食べるんやな」
「蒼一郎さんもいかがですか? 珈琲なんて苦いでしょう?」
「『なんて』は余分やで」
蒼一郎さんは顔をしかめますが。そんな苦い豆の焦がし汁、よく飲めますよね。
「はい、ひと口どうぞ」
「いや……俺は」
なぜか蒼一郎さんは、お隣のテーブルに目を向けます。
あら、組長だからといってあいすくりんを食べたらおかしいなんてこと、ありませんよ。
だって三條組の方は、波多野さんもですけどパンケークをご存じだったじゃありませんか。
「はい、どうぞ」
「いや、それは絲さんが食べ」
「では蒼一郎さんは?」
「絲さんがそれを食べた後に、もらうから」
まぁ、それもそうですね。溶けかけたのは、嫌ですよね。
わたしは匙を口に運んで、濃厚な甘さを堪能しました。
その時です。
蒼一郎さんが、扇子をぱっと広げたの。
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