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三章

28、失敗してしまいました

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 昨日も今日の早朝までも、何度もそしてずっと蒼一郎さんに抱かれていたから。
 わたしは、起き上がることもできませんでした。

 体がだるくて、立ち上がろうとすると足から力が抜けて、しかも目眩がするから。横になっているしかなかったんです。

 蒼一郎さんは申し訳なさそうに、普段はきりりとしている眉を下げて、わたしを眺めています。
 ずっと傍についてなくてもいいのに。

 浅い眠りと覚醒を繰り返すわたしの手を握ったり、ひたいや手の甲にくちづけたり。彼は彼なりに忙しそう。
 そう考えると、少し楽しくなりました。

「どうしたん。笑たりして」
「ふふ。なんだか楽しくて」
「そうか。楽しいか、それはよかった」

 大きな手が、わたしの頭を撫でてくれます。ごつごつとして節くれだった指。力が強くて首がもげちゃいそうだけれど。でも、蒼一郎さんが撫でてくれるのだから、とても嬉しいんです。

 体力をつけて元気になって。彼の足手まといにならないくらいに、ならないと。
 
 波多野さんが運んできてくださった朝食は、わたしの分は小さな土鍋に入ったお粥と西瓜、それに黒っぽい果皮の葡萄でした。

「熱いから気ぃつけや」と仰いながら、蒼一郎さんが土鍋の蓋を開けてくださいます。
 一瞬、白く閉ざされる視界。ほわぁ、と湯気が立ちのぼっては消えていきます。

 木の匙でお粥をすくって「火傷せんときや」と言いながら、わたしの口元に差し出してくださいます。

「あの、蒼一郎さんのお食事は?」
「俺は後にしてもろとう」
「え? 一緒にいただきましょうよ」

「いやいや」と、まるで慈悲深い人のように蒼一郎さんは穏やかに首を振ります。

「俺は絲さんに食べさせたらな、あかんから」
「自分で食べられますって。ほら、お茶碗もありますし。そこによそえば熱くないですもの」
「はいはい。梅干しもほぐしとこな」

 わぁ、全然人の話を聞く気がありませんね。

「お粥さんを全部食べられたら、果物も食べてええからな。これはご褒美、先に手ぇ出さんときや」

 しかも先手で駄目押しをされました。
 
「食べな、動かれへん。せやから、絲さんにはちゃんと食べてほしいんや」
「蒼一郎さん……」

 そんな風に心配されたら、言うことを聞かずにはいられません。
 
「なぁ、元気になったら百貨店に行こか」
「お買い物ですか?」
「そうや。絲さんのもんを買いに行こ」

 せやから、ちゃんと食べなあかんで、とまた言われてしまいました。
 さすがにお粥は多かったので、残すことは許されました。食後の西瓜と葡萄をいただいて、わたくしは布団に横になりました。

「済みません。ちゃんと起きていられなくて」
「いや、絲さんに無茶したんは俺やから。謝らんでもええ」

 お仕事があるのでしょうか。蒼一郎さんは文机に書類のようなものを置いて、読んでいます。
 凛々しい横顔、すっと伸びた背中、手を伸ばせばちょうど届く位置に座っていらして。
 
 つい、わたくしは指先で蒼一郎さんの脚に触れようとしたのだけれど。
 手に力が入らなくて、失敗してしまいました。

「ひゃっ! なんや」

 ええ、紬の着物に包まれた脚に触れようと思ったのに。わたしの指先が触ったのは、なんということでしょう。蒼一郎さんのお尻だったの。
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