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三章
18、遅い夕餉【3】
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今日の夕食も、あっさりとして美味しそうな品でした。とても細いお素麺には、茗荷と大葉が刻んで載せてあります。
「これは何処のお素麺なんですか?」
「三輪素麺です」
「まぁ、こんな細いの見たことないわ」
部屋を出て行こうとする波多野さんが、教えてくださいます。
ですが、蒼一郎さんは口をへの字に結んで「それくらい俺でも分かる」なんて、怒り顔をなさって。
「絲さん。質問があったら俺に訊いたらええんやで」
「え、はい」
「外国語は絲さんの方が得意やろけど。まぁ、分かる範囲でなら教えられることもあるし」
どんなことかしら? と尋ねてみると。蒼一郎さんの口から出てきたのは、人の体のどこを狙えば確実に倒せるか、とか。今後、各国政府が集まって阿片国際会議が開かれるであろうこととか、難しそうなのに血生臭そうな内容でした。
ご飯時には……ちょっと、ですよね。
◇◇◇
俺は、はっとした。
なんで俺は、滔々と語っとんや。
明らかに絲さんは、引いてしまっている。
こっちに来ないでくださいとでも云う風に座布団の端に移動し、しかも冷めた目つきや。
おかしい。急所についてはともかく、万国阿片会議の開催云々なんかは、国際的な内容やと思うんやけど。
ついこの間まで、そっち方面に気がいっとったからな。
俺も三輪素麺とか揖保乃糸くらいの話題にした方が、良かったんか?
あー、難しい。
「絲さん、この話はもう終わりにするから。こっちに来」
「離れてませんよ」
いや、完全に上体が斜めになっとうやんか。
俺は彼女の座る座布団を、自分の方に引き寄せた。
「ほら、酢の物に蝶々と花が飾ってあるで。これは人参と夏大根かなぁ」
「本当。可愛いですね」
ほっ。何とか機嫌を直してくれそうや。よかった、飾り切りを頼んどいて。
酢の物は胡瓜とわかめ。そこに愛らしい蝶々と花が飾ってある。
細かく骨切りしてあるんは鱧や。醤油味のたれを塗って香ばしく焼いてあって、豚にしか見えへん薄焼き卵で飾ってある。
もちろん、蝶だの豚だのの飾りは絲さんのお膳だけや。
あかん、絲さんの目が瓜を射程に収めた。
彼女の頭の中は手に取るように分かる。
――食べやすく切ってあって、瑞々しい白い果肉が、とてもおいしそう。先に瓜をいただいては駄目かしら。
それの証拠に、絲さんが俺の顔をちらっと見上げる。
「あかんで。瓜は後や」
「ど、どうして分かったんですか?」
「さぁ、なんでやろな。先に汁を飲んどきなさい」
貝と三つ葉の入った澄まし汁を、俺は勧めた。
絲さんの考えとうことなら、割と分かる方やで。俺は、ずっとあんたのことを見とうからな。
少し離れとっても、視界の端に絲さんの姿が見えたり、声が聞こえたりしたら、心が跳ねてしょうがあらへん。
まるで初恋を知った少年や。
薹が立った少年の俺は、酒を飲みながら絲さんを眺めた。
俺の視線が気になるのか、時折絲さんがちらっと見上げてくる。
うんうん、気になるよなぁ。でも、ちゃんと食べや。
絲さんが傍におって、俺のことを気にかけて、それだけでこんなに嬉しいやなんて。
「蒼一郎さん。全然召し上がってませんよ?」
「うん、そうやなぁ」
「あのー。見つめられると食べにくいんですけど」
恨めしそうな眼差しも、それはそれで可愛いなぁ。
「これは何処のお素麺なんですか?」
「三輪素麺です」
「まぁ、こんな細いの見たことないわ」
部屋を出て行こうとする波多野さんが、教えてくださいます。
ですが、蒼一郎さんは口をへの字に結んで「それくらい俺でも分かる」なんて、怒り顔をなさって。
「絲さん。質問があったら俺に訊いたらええんやで」
「え、はい」
「外国語は絲さんの方が得意やろけど。まぁ、分かる範囲でなら教えられることもあるし」
どんなことかしら? と尋ねてみると。蒼一郎さんの口から出てきたのは、人の体のどこを狙えば確実に倒せるか、とか。今後、各国政府が集まって阿片国際会議が開かれるであろうこととか、難しそうなのに血生臭そうな内容でした。
ご飯時には……ちょっと、ですよね。
◇◇◇
俺は、はっとした。
なんで俺は、滔々と語っとんや。
明らかに絲さんは、引いてしまっている。
こっちに来ないでくださいとでも云う風に座布団の端に移動し、しかも冷めた目つきや。
おかしい。急所についてはともかく、万国阿片会議の開催云々なんかは、国際的な内容やと思うんやけど。
ついこの間まで、そっち方面に気がいっとったからな。
俺も三輪素麺とか揖保乃糸くらいの話題にした方が、良かったんか?
あー、難しい。
「絲さん、この話はもう終わりにするから。こっちに来」
「離れてませんよ」
いや、完全に上体が斜めになっとうやんか。
俺は彼女の座る座布団を、自分の方に引き寄せた。
「ほら、酢の物に蝶々と花が飾ってあるで。これは人参と夏大根かなぁ」
「本当。可愛いですね」
ほっ。何とか機嫌を直してくれそうや。よかった、飾り切りを頼んどいて。
酢の物は胡瓜とわかめ。そこに愛らしい蝶々と花が飾ってある。
細かく骨切りしてあるんは鱧や。醤油味のたれを塗って香ばしく焼いてあって、豚にしか見えへん薄焼き卵で飾ってある。
もちろん、蝶だの豚だのの飾りは絲さんのお膳だけや。
あかん、絲さんの目が瓜を射程に収めた。
彼女の頭の中は手に取るように分かる。
――食べやすく切ってあって、瑞々しい白い果肉が、とてもおいしそう。先に瓜をいただいては駄目かしら。
それの証拠に、絲さんが俺の顔をちらっと見上げる。
「あかんで。瓜は後や」
「ど、どうして分かったんですか?」
「さぁ、なんでやろな。先に汁を飲んどきなさい」
貝と三つ葉の入った澄まし汁を、俺は勧めた。
絲さんの考えとうことなら、割と分かる方やで。俺は、ずっとあんたのことを見とうからな。
少し離れとっても、視界の端に絲さんの姿が見えたり、声が聞こえたりしたら、心が跳ねてしょうがあらへん。
まるで初恋を知った少年や。
薹が立った少年の俺は、酒を飲みながら絲さんを眺めた。
俺の視線が気になるのか、時折絲さんがちらっと見上げてくる。
うんうん、気になるよなぁ。でも、ちゃんと食べや。
絲さんが傍におって、俺のことを気にかけて、それだけでこんなに嬉しいやなんて。
「蒼一郎さん。全然召し上がってませんよ?」
「うん、そうやなぁ」
「あのー。見つめられると食べにくいんですけど」
恨めしそうな眼差しも、それはそれで可愛いなぁ。
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