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三章
4、恋文【1】
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家に上がってほしいと言う絲さんを制して、俺は土産を渡そうとした。
だが、絲さんは俺の腕を掴んで離してくれない。
「こら、着物が皺になるやろ」
「そんなこと、蒼一郎さんは気になさいません」
なんで、そんなに自信満々なんや。思わず苦笑してしまった。
「今日はえらい我儘やな」
「だって……」と口ごもったまま、絲さんは続きを教えてくれない。
掴んだままの俺の腕を引っ張って、ずんずんと歩き出す。家に何も言わんと出て行ってええんやろか。
けど、俺の前を進む絲さんの後ろ姿を眺めていると、胸の奥がほんのりと温かくなって。
俺は黙って彼女の後をついて歩いた。
潮の香りがいっそう強くなり、波音が大きく聞こえる。
草履の裏がやけにざらざらすると思うと、もう浜辺の近くに来ていた。
風を防ぐ松林の向こうに、水平線のぼんやりとした海が広がっている。
「ね。あそこに階段があるの。座りましょ」
松の根を器用に避けながら、絲さんが進んでいく。小さい頃から、よく遊びに来ているのだというのが伝わってくる。
石段にこぼれる砂を払ってやると、絲さんはお礼を言ってそこに座った。
俺も隣に腰を下ろす。すると絲さんは、ぴったりと俺に肩を寄せた。
「ちょっと、絲さん。近いんとちゃうかな」
「いいんです」
「なんや今日は我儘やな」
困った人やで、と微笑むと、絲さんは俺を見上げた。その目が、なぜか睨みつけてくる。
「少しくらいの我儘はいいの。だって、わたしの気持ちも意思もお構いなしに、遠野の家に戻されたんですもの」
「いや、それは……」
本人には言われへんけど。病が重いかも知れへん時は、親元におった方がええやろ。
とりあえず俺は土産を手渡した。そうしたらもう帰ることができる。
いつまでも絲さんと一緒におったら、離れがたくなってしまうから。
持ち重りのする箱を、絲さんは眺めている。
「わらび餅、好きやないんか?」
「好きですよ」
「なら、良かった」
「でも、わたしは蒼一郎さんの方が好きです」
あまりにも突然の告白やった。
心構えも何もないところに、いきなり鉄の弾をねじ込まれたような感覚。
まともに返事もできずに俺は、ぽかんと口を開いてしまった。
「ちょっと待て。今、なんて言うた?」
絲さんは俺に背中を向けてしまった。さっきまでくっついていた肩やら腕の辺りが、急に風に吹かれて寒くなった気がする。夏やのに。
去年の枯れて茶色くなった松葉が残ったままの地面を、絲さんは見据えているようだ。俺は、そんな彼女の後ろ姿を見つめていた。
耳とうなじの辺りが赤い……気がする。
俺の思い上がりかもしれへんけど。
絲さんは……俺に恋している。初恋っていう仄かな気持ちだけやのうて、多分本気で。
だが、絲さんは俺の腕を掴んで離してくれない。
「こら、着物が皺になるやろ」
「そんなこと、蒼一郎さんは気になさいません」
なんで、そんなに自信満々なんや。思わず苦笑してしまった。
「今日はえらい我儘やな」
「だって……」と口ごもったまま、絲さんは続きを教えてくれない。
掴んだままの俺の腕を引っ張って、ずんずんと歩き出す。家に何も言わんと出て行ってええんやろか。
けど、俺の前を進む絲さんの後ろ姿を眺めていると、胸の奥がほんのりと温かくなって。
俺は黙って彼女の後をついて歩いた。
潮の香りがいっそう強くなり、波音が大きく聞こえる。
草履の裏がやけにざらざらすると思うと、もう浜辺の近くに来ていた。
風を防ぐ松林の向こうに、水平線のぼんやりとした海が広がっている。
「ね。あそこに階段があるの。座りましょ」
松の根を器用に避けながら、絲さんが進んでいく。小さい頃から、よく遊びに来ているのだというのが伝わってくる。
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俺も隣に腰を下ろす。すると絲さんは、ぴったりと俺に肩を寄せた。
「ちょっと、絲さん。近いんとちゃうかな」
「いいんです」
「なんや今日は我儘やな」
困った人やで、と微笑むと、絲さんは俺を見上げた。その目が、なぜか睨みつけてくる。
「少しくらいの我儘はいいの。だって、わたしの気持ちも意思もお構いなしに、遠野の家に戻されたんですもの」
「いや、それは……」
本人には言われへんけど。病が重いかも知れへん時は、親元におった方がええやろ。
とりあえず俺は土産を手渡した。そうしたらもう帰ることができる。
いつまでも絲さんと一緒におったら、離れがたくなってしまうから。
持ち重りのする箱を、絲さんは眺めている。
「わらび餅、好きやないんか?」
「好きですよ」
「なら、良かった」
「でも、わたしは蒼一郎さんの方が好きです」
あまりにも突然の告白やった。
心構えも何もないところに、いきなり鉄の弾をねじ込まれたような感覚。
まともに返事もできずに俺は、ぽかんと口を開いてしまった。
「ちょっと待て。今、なんて言うた?」
絲さんは俺に背中を向けてしまった。さっきまでくっついていた肩やら腕の辺りが、急に風に吹かれて寒くなった気がする。夏やのに。
去年の枯れて茶色くなった松葉が残ったままの地面を、絲さんは見据えているようだ。俺は、そんな彼女の後ろ姿を見つめていた。
耳とうなじの辺りが赤い……気がする。
俺の思い上がりかもしれへんけど。
絲さんは……俺に恋している。初恋っていう仄かな気持ちだけやのうて、多分本気で。
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