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二章
38、朧月夜と交換条件【2】
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蒼一郎さんは、わたしになみなみとお酒の入ったお猪口を見せると、それを一息にくいっと飲み干します。
「ほら、飲んだで。今度は絲さんの番やで」
「でも……」
「そっちはラムネや。酒精なんかこれっぽっちも入ってへん」
そうじゃないんです。だって、この十八番ラムネを、蒼一郎さんは瓶に口をつけて飲むように命じたのよ。
それって、蒼一郎さんも徳利に口をつけて飲むようなものですよ。
わたしが不満を洩らすと、蒼一郎さんは眉根を寄せたの。
「なんで、そんな行儀の悪いことせなあかんねん」
「理不尽です。瓶に口をつけるのも行儀が悪いですよ」
ふいに蒼一郎さんの腕が、わたしの背後から肩に回されました。
そのままぐいっと引き寄せられ、逞しい胸にもたれかかる姿勢になります。
「ええか、絲さん。よう聞きや」
耳元で低い声で囁かれるから、わたしは身動きがとれなくなってしまったの。
何か重要なことを言われるのかと思って。
「あんなぁ。絲さんは基本的にお上品やろ。お嬢さまやもんな。けど、俺の前では畳にころがったりするのを見せてくれるやん」
「うっ……」
わたしは言葉に詰まりました。
ええ、なぜか蒼一郎さんの傍にいると、家にいるよりも寛いでしまって。どうしてなのかしら。自宅の方が窮屈に感じるなんて。
「俺は、他の人に見せへん絲さんが見たいんや」
「家でもどこでも、瓶に口をつけて飲んだりしません」
「うん、そうやなぁ」
蒼一郎さんは、あろうことかわたしの耳朶を唇で挟みました。
だめ、ぞくぞくします。
なのに、あごに指をかけられて、耳から頬、そして唇へと接吻されたの。
「こういう淫らな姿も、他の誰にも見せへんやろ。俺だけにやんなぁ」
「あ、当たり前です」
「俺は誰にも絲さんを渡すつもりは、あらへん。せやから絲さんも、俺にだけしか見せへん姿を、もっとさらけ出してほしいんや」
まるで、わたしの恥ずかしがる姿を見ることが、二人の仲が裂かれない約束であるかのように、蒼一郎さんは仰います。
そんなのただの口実なのに。
もしかしたらわたしも、誰にも渡してほしくないのかもしれません。
握りしめたラムネの瓶には水滴が浮き、わたしの手を濡らします。
「ちゃんと飲んだら、夜露がかからんように守ったるで」
お爺さまが、蒼一郎さんのことを鬼だと仰っていたけれど。その意味が、今少し分かりました。
きっとわたしが、お行儀悪くラムネを飲むまで解放するつもりはないんです。
ええい、ままよ。
きゅっと瓶を握りしめて、十八番ラムネを飲みます。
きつく瞼を閉じているのに、蒼一郎さんの視線を感じるの。
恥ずかしいから見ないで。
そう願うのに「ええ眺めやなぁ」なんて、揶揄われるものだから。
わたし、噎せてしまったの。
「ああ、もう。炭酸やのに急いで飲むからやで」
どの口がそれを言うんですか!
咳き込みつつ瞼を開くと、蒼一郎さんの顔が、わたしの眼前にありました。
そのまま口の端を、舌で舐め上げられます。
頭が混乱して、何が何だか分かりません。蒼一郎さんは「ラムネ、こぼれとったで」としれっと仰いました。
わたしは鬼に翻弄されて生きていくのね。どう考えても虐められているのに、どうして彼と一緒にいたいと思ってしまうのかしら。
自分でも分からないの。
「ほら、飲んだで。今度は絲さんの番やで」
「でも……」
「そっちはラムネや。酒精なんかこれっぽっちも入ってへん」
そうじゃないんです。だって、この十八番ラムネを、蒼一郎さんは瓶に口をつけて飲むように命じたのよ。
それって、蒼一郎さんも徳利に口をつけて飲むようなものですよ。
わたしが不満を洩らすと、蒼一郎さんは眉根を寄せたの。
「なんで、そんな行儀の悪いことせなあかんねん」
「理不尽です。瓶に口をつけるのも行儀が悪いですよ」
ふいに蒼一郎さんの腕が、わたしの背後から肩に回されました。
そのままぐいっと引き寄せられ、逞しい胸にもたれかかる姿勢になります。
「ええか、絲さん。よう聞きや」
耳元で低い声で囁かれるから、わたしは身動きがとれなくなってしまったの。
何か重要なことを言われるのかと思って。
「あんなぁ。絲さんは基本的にお上品やろ。お嬢さまやもんな。けど、俺の前では畳にころがったりするのを見せてくれるやん」
「うっ……」
わたしは言葉に詰まりました。
ええ、なぜか蒼一郎さんの傍にいると、家にいるよりも寛いでしまって。どうしてなのかしら。自宅の方が窮屈に感じるなんて。
「俺は、他の人に見せへん絲さんが見たいんや」
「家でもどこでも、瓶に口をつけて飲んだりしません」
「うん、そうやなぁ」
蒼一郎さんは、あろうことかわたしの耳朶を唇で挟みました。
だめ、ぞくぞくします。
なのに、あごに指をかけられて、耳から頬、そして唇へと接吻されたの。
「こういう淫らな姿も、他の誰にも見せへんやろ。俺だけにやんなぁ」
「あ、当たり前です」
「俺は誰にも絲さんを渡すつもりは、あらへん。せやから絲さんも、俺にだけしか見せへん姿を、もっとさらけ出してほしいんや」
まるで、わたしの恥ずかしがる姿を見ることが、二人の仲が裂かれない約束であるかのように、蒼一郎さんは仰います。
そんなのただの口実なのに。
もしかしたらわたしも、誰にも渡してほしくないのかもしれません。
握りしめたラムネの瓶には水滴が浮き、わたしの手を濡らします。
「ちゃんと飲んだら、夜露がかからんように守ったるで」
お爺さまが、蒼一郎さんのことを鬼だと仰っていたけれど。その意味が、今少し分かりました。
きっとわたしが、お行儀悪くラムネを飲むまで解放するつもりはないんです。
ええい、ままよ。
きゅっと瓶を握りしめて、十八番ラムネを飲みます。
きつく瞼を閉じているのに、蒼一郎さんの視線を感じるの。
恥ずかしいから見ないで。
そう願うのに「ええ眺めやなぁ」なんて、揶揄われるものだから。
わたし、噎せてしまったの。
「ああ、もう。炭酸やのに急いで飲むからやで」
どの口がそれを言うんですか!
咳き込みつつ瞼を開くと、蒼一郎さんの顔が、わたしの眼前にありました。
そのまま口の端を、舌で舐め上げられます。
頭が混乱して、何が何だか分かりません。蒼一郎さんは「ラムネ、こぼれとったで」としれっと仰いました。
わたしは鬼に翻弄されて生きていくのね。どう考えても虐められているのに、どうして彼と一緒にいたいと思ってしまうのかしら。
自分でも分からないの。
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