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二章

35、夕食と宿題【2】

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 わたしが英文と格闘していると、ふいに手元が暗くなりました。
 顔を上げると、蒼一郎さんがわたしの背後から肩越しに、筆記帳を覗きこんでいたの。

「あの、なんでしょうか」
「いや、難しいことしとるなと思て」

 圧迫感がすごくて、宿題しにくいんですけど。なのに蒼一郎さんは「気にせんと続けて」と仰います。

 でも、背後に岩が聳えているようで。ものすごく気になるの。
 しかもその岩は、右に左にと動いて、じろじろと眺めてくるんだもの。
 集中なんてできないわ。

「へぇ、絲さんはそんな字を書くんか」
「み、見ないでください。恥ずかしいです」
「なんで?」

 なんでって、わたしは字が上手とはいえませんもの。手元を覗きこまれたくないです。

「鉛筆、ちびとうな。削ったろ」

 わたしの筆入れから鉛筆を取りだすと、文机に置いてあった小刀で削りはじめました。
 しゅっしゅっという小気味よい音。木の香りが漂い、あっという間に削り終えてしまいます。

 しかもわたしが削ると不格好なのに、蒼一郎さんが削るととても端正な鉛筆になるんです。

「素敵ですね。とてもお上手です」
「そうか? まぁ、小さいけどこれも刀ではあるからな」

 鉛筆削り職人なんていないとおもいますけど。使うのがもったいなくて飾りたくなるくらい、綺麗に削れているんです。

「見とれてくれるんは嬉しいけど。早よ、宿題し」
「あ、はい」
「それから見つめるんやったら、鉛筆よりも俺にしぃな」

 もうっ。どうしてそんな恥ずかしいことを、仰るの?

◇◇◇

 絲さんが文机に向かって宿題をしている間に、波多野が座卓に夕食を運んでくれた。

 今日の献立は、なんか青い菜っ葉のお浸しに、鯛の塩焼き、普通の豆腐とちごて胡麻豆腐やろか。ちょっと茶色っぽい色をしとうし。あと蕗の煮物には、えらい可愛らしい花と蝶々の形をした人参が飾られとう。

「飾り切りっていうんか? うちで見るんは初めてや」
「料理番が頑張ったんです。食が細うても、食べはるかなって言うてました」

 なるほど。可愛さで釣るんか。覚えとこ。

 浴衣に着がえて勉強をする絲さんの背中を眺めていると、不思議と落ち着く心地がした。
 なにやら小難しい横文字がびっしりと記された辞書を、絲さんはめくっている。
 そして天井を見つつ、小さくため息をついては、筆記帳に鉛筆を走らせる。さっきから何回目や。

 もしかしてこの子、勉強があんまり得意とちゃうんか。
 
 数分もすると、絲さんは筆記帳の上に頭を伏せた。彼女の右手から落ちた鉛筆が、畳の上を転がっていく。
 俺が削った鉛筆の芯は、さほど減っとらん。

 ちゃうな。絲さんは、勉強がすごい苦手なんや。

「絲さん。先に夕飯を食べへんか」
「はい。いただきます」

 返事ええな。
 元気に返事をした絲さんは、すぐに座卓へとやって来た。
 並べられた皿を眺めて「おいしそうですね」と笑顔を浮かべる。

 ほんまにその宿題、終わるんやろか。心配になってきたわ。
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