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二章
24、登校【2】
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「いや、迷惑なんやったらええ。聞かんかったことにしてくれ」
「気になります。教えてください」
「けど。俺が言うても、絲さんは喜ばへんやろし」
わたしが聞き逃した言葉を、蒼一郎さんは繰り返してくださいません。
確か「髪型」という言葉は聞こえたんです。
「あの、今日の髪型はマガレイトっていうんですよ」
ヤクザの組長さんが、女學生の髪型に興味があるなんて不思議ですけど。
「同じ三つ編みにリボンでも、マガレイトのようにまとめると雰囲気が違うんです」
「へぇ。そうなんか」
あ、少し蒼一郎さんの元気が戻ったようです。
「マガレイトはマーガレットのことか? 白い花の」
「そうみたいですね。三つ編みを折るので、曲がれ糸という由来もあるみたいですけど」
「マガレイト。マーガレット」と呟きつつ、蒼一郎さんはまた指折り数えています。
「うん。マーガレットよりもマガレイトの方が、語呂がええわ」
物静かな蒼一郎さんの口から愛らしいマーガレットなんて言葉が出るのが、なんだか愛らしくて。
「蒼一郎さんは、可愛らしいですね」
「は?」
わたしの洩らした言葉に、蒼一郎さんは素っ頓狂な声を上げました。そのせいで、道の端の木にとまっていた鳥が一斉に飛び立ちます。
「いや、可愛いんは絲さんやろ。俺、言うたやんか」
「え? 聞いていませんよ」
「言いましたー」
なんで急に子どもみたいな言葉遣いになるんですか。
わたしは呆れてしまって「もうっ」と口を尖らせたんですが。
え、ちょっと待ってください。
蒼一郎さんは、わたしのことを可愛いっておっしゃったんですか?
わたしは立ち止まって、蒼一郎さんに背中を向けました。
行為の時に、可愛い声と言われたことは覚えています。
ええ、確かにそうおっしゃったんです。わたし、覚えてるもの。
その時のことを思い出すと、顔が急に熱を帯びてきました。
「絲さん。手ぇ熱いで」
「いえ、平気ですから」
「どうしたん。また熱出したんか?」
いや、覗きこまないで。
蒼一郎さんが屈みこんで、わたしの顔を見つめてくるから。わたしは両手で顔を隠しました。
ええ、手はつないだままだったので、蒼一郎さんの片手も一緒に。
この手が、わたしに触れたんです。指が、わたしの体を翻弄して。百花蜜の飴を舐めていなかったら、きっと今日のわたしは声がかすれてしまっていたでしょう。
「……無理です」
もう恥ずかしくて泣いてしまいそう。どうして登校中に、抱かれていた時のことを思い出すの?
「熱が出とんちゃうんか? 家に帰ろか」
「平気です」
「いや。でも、無理て言うたやんか」
道にしゃがみ込んだわたしを、蒼一郎さんはどうすればいいか分からない様子でした。
しばらく経って、蒼一郎さんもわたしの隣に屈みこんで、トントンと肩を軽く叩かれました。
「ほら、見てみ。うちが見えるで」
促されて顔を上げると、確かに眼下に木々に囲まれた池が見えました。それとまるで平安時代の寝殿造りのような、広大なお屋敷。
少し先には、蒼一郎さんと出会った神社の森も見えます。
「気になります。教えてください」
「けど。俺が言うても、絲さんは喜ばへんやろし」
わたしが聞き逃した言葉を、蒼一郎さんは繰り返してくださいません。
確か「髪型」という言葉は聞こえたんです。
「あの、今日の髪型はマガレイトっていうんですよ」
ヤクザの組長さんが、女學生の髪型に興味があるなんて不思議ですけど。
「同じ三つ編みにリボンでも、マガレイトのようにまとめると雰囲気が違うんです」
「へぇ。そうなんか」
あ、少し蒼一郎さんの元気が戻ったようです。
「マガレイトはマーガレットのことか? 白い花の」
「そうみたいですね。三つ編みを折るので、曲がれ糸という由来もあるみたいですけど」
「マガレイト。マーガレット」と呟きつつ、蒼一郎さんはまた指折り数えています。
「うん。マーガレットよりもマガレイトの方が、語呂がええわ」
物静かな蒼一郎さんの口から愛らしいマーガレットなんて言葉が出るのが、なんだか愛らしくて。
「蒼一郎さんは、可愛らしいですね」
「は?」
わたしの洩らした言葉に、蒼一郎さんは素っ頓狂な声を上げました。そのせいで、道の端の木にとまっていた鳥が一斉に飛び立ちます。
「いや、可愛いんは絲さんやろ。俺、言うたやんか」
「え? 聞いていませんよ」
「言いましたー」
なんで急に子どもみたいな言葉遣いになるんですか。
わたしは呆れてしまって「もうっ」と口を尖らせたんですが。
え、ちょっと待ってください。
蒼一郎さんは、わたしのことを可愛いっておっしゃったんですか?
わたしは立ち止まって、蒼一郎さんに背中を向けました。
行為の時に、可愛い声と言われたことは覚えています。
ええ、確かにそうおっしゃったんです。わたし、覚えてるもの。
その時のことを思い出すと、顔が急に熱を帯びてきました。
「絲さん。手ぇ熱いで」
「いえ、平気ですから」
「どうしたん。また熱出したんか?」
いや、覗きこまないで。
蒼一郎さんが屈みこんで、わたしの顔を見つめてくるから。わたしは両手で顔を隠しました。
ええ、手はつないだままだったので、蒼一郎さんの片手も一緒に。
この手が、わたしに触れたんです。指が、わたしの体を翻弄して。百花蜜の飴を舐めていなかったら、きっと今日のわたしは声がかすれてしまっていたでしょう。
「……無理です」
もう恥ずかしくて泣いてしまいそう。どうして登校中に、抱かれていた時のことを思い出すの?
「熱が出とんちゃうんか? 家に帰ろか」
「平気です」
「いや。でも、無理て言うたやんか」
道にしゃがみ込んだわたしを、蒼一郎さんはどうすればいいか分からない様子でした。
しばらく経って、蒼一郎さんもわたしの隣に屈みこんで、トントンと肩を軽く叩かれました。
「ほら、見てみ。うちが見えるで」
促されて顔を上げると、確かに眼下に木々に囲まれた池が見えました。それとまるで平安時代の寝殿造りのような、広大なお屋敷。
少し先には、蒼一郎さんと出会った神社の森も見えます。
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