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二章
21、パンケーク【2】
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絲さんはパンケークを差し出す右手がだるくなってきたのか、左手で手首を支えた。
「冷めちゃいますよ」
「う……うぅ」
「甘い物、お嫌いじゃないですよね。だって蜂蜜飴を持っていらっしゃるんですもの」
甘いもんが嫌いな訳やない。けど、慣れてへんのや。こうやって甘やかされるんは。
生まれた時から三條組の次期組長として鍛えられて。若うして跡目を継いでからも、他の組員みたいに女と遊ぶこともせぇへんかった。
極道のくせに俺が真面目すぎるから。一生独身なんちゃうかと、遠野の爺さんは心配しとったが。けど、結局孫娘の絲さんを強引に許嫁にしてしもうた。
あかん。絲さんがいずれは嫁になると安心しきっとったから。こういう、デレデレした遊びにはこれっぽっちも免疫があらへん。
「ごめんなさい。調子に乗りすぎましたね」
絲さんが困ったような笑みを浮かべた。
済まん。そんな寂しい顔をせんといてくれ。
俺、頑張るから……。
俺は座卓に身を乗り出すと、フォークに刺さったパンケークを口に入れた。ああ、バタくさい。そして甘ったるい。
これは小麦か。饅頭に近い生地やな
何度か咀嚼して飲み込むと、ようやく呼吸ができた。
「絲さん?」
俺の向かいで、絲さんが大きく目を見開いている。
「怒らないんですか?」
「なんでや」
「でも、わたし。蒼一郎さんの嫌がることをしてしまいました」
なんで怒るねん。そもそも俺かて、絲さんが嫌がるのに無理やり抱いたし、犯してしもたわ。
まぁ、今後の為にも口にはせぇへんけど。
「早よ食べな、冷めてまうで」
「は、はい」
絲さんは綺麗な手つきでナイフとフォークを使て、パンケークを切り分けていった。
一切れ口にするたびに、目を細めて味わっている。よほど好きなんやな。
波多野らも、粋なことをするやんか。
まぁ、今頃厨房はえらいことになっとうやろけどな。これを焼き上げるまでに、何枚失敗しとうことやろ。
◇◇◇
食後、わたしはお皿をお盆に載せて運ぼうとしました。
でも、すぐに波多野さんが襖を開けて座敷に入って来たの。
まさか、廊下で待っていたわけじゃないわよね。
「ええんです、絲さん。重いですから、座っといてください」
「でも……」
「頭(かしら)が寂しがりますから。傍に居(お)ったってください」
波多野さんは冗談がお上手ですね。
そう思いつつ振り返ると、蒼一郎さんが手招きをなさいます。
えーと、これは「おいで」ということでしょうか。
お盆を波多野さんに託し、わたしは蒼一郎さんの元へ向かいます。
それまで座卓についていた蒼一郎さんですが、今は濡れ縁に移動していました。
わたしが近くに寄ると、こんどは胡坐をかいたご自分の膝をぽんぽんと叩いています。
えっと、ちょっと待ってくださいね。解釈を間違えそうになるんですけど。まさかお膝に座れということではないですよね。
どうしたらよいのか逡巡していると「早よ座り」と言われました。
あ、やはりそうなんですね。
妙かもしれませんけど「失礼します」と断って、蒼一郎さんのお膝にちんまりと座りました。
「波多野と親し気に喋るから。寂しかったで」
え、そうなんですか? だって、ほんの少ししかお話ししていませんよ。
というか、蒼一郎さんってヤクザの組長さんですよね。えらく寂しがりやじゃないですか?
「冷めちゃいますよ」
「う……うぅ」
「甘い物、お嫌いじゃないですよね。だって蜂蜜飴を持っていらっしゃるんですもの」
甘いもんが嫌いな訳やない。けど、慣れてへんのや。こうやって甘やかされるんは。
生まれた時から三條組の次期組長として鍛えられて。若うして跡目を継いでからも、他の組員みたいに女と遊ぶこともせぇへんかった。
極道のくせに俺が真面目すぎるから。一生独身なんちゃうかと、遠野の爺さんは心配しとったが。けど、結局孫娘の絲さんを強引に許嫁にしてしもうた。
あかん。絲さんがいずれは嫁になると安心しきっとったから。こういう、デレデレした遊びにはこれっぽっちも免疫があらへん。
「ごめんなさい。調子に乗りすぎましたね」
絲さんが困ったような笑みを浮かべた。
済まん。そんな寂しい顔をせんといてくれ。
俺、頑張るから……。
俺は座卓に身を乗り出すと、フォークに刺さったパンケークを口に入れた。ああ、バタくさい。そして甘ったるい。
これは小麦か。饅頭に近い生地やな
何度か咀嚼して飲み込むと、ようやく呼吸ができた。
「絲さん?」
俺の向かいで、絲さんが大きく目を見開いている。
「怒らないんですか?」
「なんでや」
「でも、わたし。蒼一郎さんの嫌がることをしてしまいました」
なんで怒るねん。そもそも俺かて、絲さんが嫌がるのに無理やり抱いたし、犯してしもたわ。
まぁ、今後の為にも口にはせぇへんけど。
「早よ食べな、冷めてまうで」
「は、はい」
絲さんは綺麗な手つきでナイフとフォークを使て、パンケークを切り分けていった。
一切れ口にするたびに、目を細めて味わっている。よほど好きなんやな。
波多野らも、粋なことをするやんか。
まぁ、今頃厨房はえらいことになっとうやろけどな。これを焼き上げるまでに、何枚失敗しとうことやろ。
◇◇◇
食後、わたしはお皿をお盆に載せて運ぼうとしました。
でも、すぐに波多野さんが襖を開けて座敷に入って来たの。
まさか、廊下で待っていたわけじゃないわよね。
「ええんです、絲さん。重いですから、座っといてください」
「でも……」
「頭(かしら)が寂しがりますから。傍に居(お)ったってください」
波多野さんは冗談がお上手ですね。
そう思いつつ振り返ると、蒼一郎さんが手招きをなさいます。
えーと、これは「おいで」ということでしょうか。
お盆を波多野さんに託し、わたしは蒼一郎さんの元へ向かいます。
それまで座卓についていた蒼一郎さんですが、今は濡れ縁に移動していました。
わたしが近くに寄ると、こんどは胡坐をかいたご自分の膝をぽんぽんと叩いています。
えっと、ちょっと待ってくださいね。解釈を間違えそうになるんですけど。まさかお膝に座れということではないですよね。
どうしたらよいのか逡巡していると「早よ座り」と言われました。
あ、やはりそうなんですね。
妙かもしれませんけど「失礼します」と断って、蒼一郎さんのお膝にちんまりと座りました。
「波多野と親し気に喋るから。寂しかったで」
え、そうなんですか? だって、ほんの少ししかお話ししていませんよ。
というか、蒼一郎さんってヤクザの組長さんですよね。えらく寂しがりやじゃないですか?
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