上 下
49 / 257
二章

21、パンケーク【2】

しおりを挟む
 絲さんはパンケークを差し出す右手がだるくなってきたのか、左手で手首を支えた。

「冷めちゃいますよ」
「う……うぅ」
「甘い物、お嫌いじゃないですよね。だって蜂蜜飴を持っていらっしゃるんですもの」

 甘いもんが嫌いな訳やない。けど、慣れてへんのや。こうやって甘やかされるんは。

 生まれた時から三條組の次期組長として鍛えられて。若うして跡目を継いでからも、他の組員みたいに女と遊ぶこともせぇへんかった。

 極道のくせに俺が真面目すぎるから。一生独身なんちゃうかと、遠野の爺さんは心配しとったが。けど、結局孫娘の絲さんを強引に許嫁にしてしもうた。

 あかん。絲さんがいずれは嫁になると安心しきっとったから。こういう、デレデレした遊びにはこれっぽっちも免疫があらへん。

「ごめんなさい。調子に乗りすぎましたね」

 絲さんが困ったような笑みを浮かべた。
 済まん。そんな寂しい顔をせんといてくれ。
 俺、頑張るから……。

 俺は座卓に身を乗り出すと、フォークに刺さったパンケークを口に入れた。ああ、バタくさい。そして甘ったるい。
 これは小麦か。饅頭に近い生地やな
 何度か咀嚼して飲み込むと、ようやく呼吸ができた。

「絲さん?」

 俺の向かいで、絲さんが大きく目を見開いている。

「怒らないんですか?」
「なんでや」
「でも、わたし。蒼一郎さんの嫌がることをしてしまいました」

 なんで怒るねん。そもそも俺かて、絲さんが嫌がるのに無理やり抱いたし、犯してしもたわ。
 まぁ、今後の為にも口にはせぇへんけど。

「早よ食べな、冷めてまうで」
「は、はい」

 絲さんは綺麗な手つきでナイフとフォークを使て、パンケークを切り分けていった。
 一切れ口にするたびに、目を細めて味わっている。よほど好きなんやな。
 波多野らも、粋なことをするやんか。

 まぁ、今頃厨房はえらいことになっとうやろけどな。これを焼き上げるまでに、何枚失敗しとうことやろ。

◇◇◇

 食後、わたしはお皿をお盆に載せて運ぼうとしました。
 でも、すぐに波多野さんが襖を開けて座敷に入って来たの。
 まさか、廊下で待っていたわけじゃないわよね。

「ええんです、絲さん。重いですから、座っといてください」
「でも……」
「頭(かしら)が寂しがりますから。傍に居(お)ったってください」

 波多野さんは冗談がお上手ですね。
 そう思いつつ振り返ると、蒼一郎さんが手招きをなさいます。

 えーと、これは「おいで」ということでしょうか。
 お盆を波多野さんに託し、わたしは蒼一郎さんの元へ向かいます。

 それまで座卓についていた蒼一郎さんですが、今は濡れ縁に移動していました。
 わたしが近くに寄ると、こんどは胡坐をかいたご自分の膝をぽんぽんと叩いています。

 えっと、ちょっと待ってくださいね。解釈を間違えそうになるんですけど。まさかお膝に座れということではないですよね。

 どうしたらよいのか逡巡していると「早よ座り」と言われました。
 あ、やはりそうなんですね。
 妙かもしれませんけど「失礼します」と断って、蒼一郎さんのお膝にちんまりと座りました。
 
「波多野と親し気に喋るから。寂しかったで」

 え、そうなんですか? だって、ほんの少ししかお話ししていませんよ。
 というか、蒼一郎さんってヤクザの組長さんですよね。えらく寂しがりやじゃないですか?
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生した悪役令嬢の断罪

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:12,101pt お気に入り:1,628

異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

BL / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:3,152

転生した俺が貴方の犬になるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:112

あなたの愛人、もう辞めます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,704pt お気に入り:1,595

かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:54

王女殿下のモラトリアム

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:713

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,111pt お気に入り:1,296

処理中です...