女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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二章

20、パンケーク【1】

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 少し早めの昼餉を、波多野さんが運んできてくださいました。
 この家には、本当に女性の使用人がいないみたい。着流しに割烹着をつけ、頭に三角巾を巻いた波多野さんは、強面なのに割烹着のふりふりが妙に可愛くて。
 お膳を用意してくれている間、わたしは笑いを噛み殺していました。

 蒼一郎さんは見慣れているのか、平然となさっています。
 この家で暮らすと決めたんですから、わたしも慣れないといけないわね。それにこれからはお手伝いもしましょう。

 少し早いお昼ご飯は、パンケークでした。
 わたしの好物です。
 白いお皿に載せられた、きつね色にこんがりと焼けたパンケーク。最近はハットケークとの名で、百貨店の食堂でもいただくことができるんです。

「波多野、これはなんだ」
「確か薄餅とか、パンケークとかいうもんです」
「餅には見えへんし、パンにも見えへんが」

 腕を組んで蒼一郎さんが唸っています。

「あの、小麦粉と卵で作るんです。パンはお鍋の意味なんです」
「へー、しかしこんなハイカラな料理、よう知っとったな」

 ナイフとフォークを座卓に並べながら、波多野さんが「そらもう、皆で知恵を合わせて」と仰いました。

 遊女と連れ立ってカフェーに行った組員が、パンケークなるものを頼んでいるのを見たことがあると言ったそうです。
「バタを載せていましたよ」「蜂蜜もかかっていましたね」と、それぞれの記憶を頼りに作ったのだそう。

「絲さんのお口に合えばええんですけど」

 頭の三角巾を外しながら、割烹着姿で座卓の端に座る波多野さんは、まるで日本のお母さんといった風情です。うちの母は洋装なので、どちらかといえばばあやに近いかも。

「そもそもどう食えばええんか、分からへん」

 蒼一郎さんは、花街で女性と遊んだりしないのでしょうか。ヤクザさんって、その辺りは派手なのだと思っていましたけど。

 わたしはバタのひとかけらを、温かいパンケークに塗り、その上から器に入った蜂蜜をたらりとかけました。

 小さめにナイフで切ったパンケークをフォークに刺して、向かいに座る蒼一郎さんに差し出します。

「どうぞ」
「へ? 俺に食えってことか」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を、蒼一郎さんがなさいます。
 あら、食べ方が分からないと仰っていたのに。

「ご遠慮なさらずに」
「いや、しかし」

 蒼一郎さんは、波多野さんにちらっちらっと視線を向けました。

◇◇◇

 俺は、実際どうしていいのか分からなかった。
 いや、ナイフとフォークの使い方は知っている。ホテルで近隣のヤクザと会合をする時に、洋食が出ることもあるからな。

 だが、なぜ絲さんは俺に向かって、パンケークとやらの一切れを差し出しているんだ。
 これは何を意味しているんだ?

 俺は助けを求めて、波多野に目を向けた。

「いやー。よかったやないですか、カシラ。『旦那さん、あーんして』ですよ。女遊びせぇへんから、慣れとってないでしょ」

 こ、これが『あーん』というものか。
 俺は握りしめた拳が汗ばんでいるのを感じた。

 で、具体的にはどうしたらええんや。と、波多野に目で訴えたが、奴は空になった盆を持って座敷を出て行った。
 裏切者め!

 座卓に置かれたグラスの中で、サイダーの炭酸の泡がしゅわしゅわと弾ける音が聞こえてくる。
 俺の向かいで、絲さんが眉を下げている。
 いや、正解は分かっとう。
 俺が口を開いて、そのパンケークとやらを食えばええんやろ。

 だが、恥ずかしいんや。いい年をして。花街で遊女と楽しんでいるわけでもないのに。
 絲さん。これは拷問やで。
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