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二章

12、朝のお風呂【2】

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 蒼一郎さんは、わたしを浴用の木の椅子に座らせました。
 しかも真正面を向くように。
 せめてこういうのって、背中を向けるんじゃないのかしら。

 三助さんすけって職業の人が銭湯にはいるらしいけど。絶対に背中を向けて洗ってもらうわよね。
 蒼一郎さんは常識を知らないところがあるみたいだけれど。困ったことにわたしも世間知らずなの。
 でも、正面を向いて洗ってもらうのは、絶対に違うと思うんだけど。

「ほら、腕を貸しなさい」

 自分で洗うと申し出ても、聞いてもらえそうにないので、わたしは素直に右腕を差し出しました。
 石鹸の泡のついた手拭いで、腕をごしごしと擦られます。

「い、痛いです」
「ああ、済まん。あかんなぁ。こんな細い腕、折ってしまいそうやで」

 怖いことを言わないでください。

「しかも肌が薄いんかなぁ。擦ったとこが赤なってしもた。力加減が難しいなぁ」
「あの、ですから自分で洗いますから」
「そら、あかん。俺も慣れとかな」

 慣れなくていいですよ。しかも、浴室の外で人の気配がするんです。本人たちはひそひそ話のつもりでしょうが、元々の声が大きいのか、はっきりと聞こえてくるの。

『女の子をあろたっとうで。明日は野分や』
『そういや。カシラは、医者の先生に自分で茶ぁ出したらしいで』
『春やのに雪が降るんちゃうか』

 あのー、なんだか無茶苦茶言われてますよ?
 蒼一郎さんはわたしの左腕を洗いながら、振り返りもせずに「お前ら、ええ加減にせぇよ」と低い声を発しました。

 すぐに「すんません」と返事がして、脱衣所から人が去る気配がしました。
 そうよね、さすがにいろいろと陰口を叩かれたら腹も立つわよね。
 そう思ったのに……。

「よかったな、絲さん。これで邪魔者がおらんようになったで」
「え?」
「二人きりになれて、よかったやろ?」

 そっちなの? いえ、できれば蒼一郎さんにも出て行ってもらって、お風呂では一人きりになりたいんですけど。
 とてもそんなことを言える雰囲気でもなく。

 蒼一郎さんが、シャツに泡がつくのも構わずに身を乗り出して、わたしの耳元の口を寄せました。

「風呂場は声が響くからな。人がおったら、絲さんも恥ずかしいやろ」
「声って、何の?」
「そら、決まっとうやろ」

 言うが早いか、わたしの唇は塞がれました。
 しかも泡のついた手で、体を撫でまわされます。武骨な手が、泡のせいで滑らかに動くものだから。わたしは思わず蒼一郎さんの腕にしがみついてしまいました。

「こら。離してくれな、動かれへんやろ」
「う、動かなくて、いい、です」
「動きを封じられたら、優しくしとうでもできへんねんけど。絲さんは激しい方がええか?」

 恐ろしい言葉に、わたしは慌てて手を放しました。
 激しいって、何なんですか? どういうことですか?
 もしかして優しいか、激しいかの二択しかないの? 第三の選択肢は……と思って蒼一郎さんの顔を見上げると、困ったように少し眉を下げた表情が目に入りました。

「俺は絲さんのことが好きや。せやからその心も体も欲しい」
「でも……」
「俺に抱かれるんが嫌やったら、断ったらええ。けど、初めてで怖いとか恥ずかしいっていう理由やったら、断らんといてほしい」

 嫌いではないです。
 蒼一郎さんが言うように、怖いし恥ずかしいんです。
 でも、それは断る理由にはならないの。

 わたしはきつく瞼を閉じて、うなずきました。

「ほんまにええんやな」

 念押しされて、わたしはもう一度うなずきました。泡がついたままの体が小刻みに震えて、自分では止めることができません。

「乱暴にしないで。優しくして……」
「ああ、大事にする。風呂場じゃない方がええよな」
「は……い」

 わたしの小さな声は、天井から湯面に落ちる水音と重なりました。
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