女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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二章

10、初恋【3】

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 蒼一郎さんは、わたしの頬を両手で挟んだまま、動くことすら許してくれません。

「い、言いますから」
「ほんまやな」
「……はい」

 ようやく解放された時、わたしの頬は少しひんやりしていました。
 それが、蒼一郎さんの指先が冷えていたせいだと気づくのに少し時間がかかりました。
 だって、わたしを脅している相手が……しかも組長が緊張しているなんて思わないじゃないですか。

「わたしの初恋は、たぶん今です」
「今? 済まん、分かるように言うてくれへんか」
「察してください」

「なんでそんな意地悪を言うんや」と、蒼一郎さんが情けない声を出します。
 えぇ? さっきまでドスの利いた声で、わたしを脅してましたよね。今度は泣き落としですか?
 ヤクザって、いろんな方法で攻めてきますね。

「じゃあ、耳を貸してください」
「機密事項か」

 機密事項にしておきたかったですよ。これが恋なのかしらと淡い気持ちが浮かんで、次の瞬間にはそれを暴かれる乙女の気持ちを少しは汲んでください。

 蒼一郎さんは体の向きを変えて、横になったままわたしに耳を寄せました。
 もう、なんて夜なの?
 
 お庭からは、今もジーというオケラの鳴き声が聞こえてきます。
 わたしだって恥ずかしいから、オケラみたいに土に穴を掘って入りたいんですからね。

「わたしの初恋は(多分)蒼一郎さんですよ」

 まだ確信がないけれど「多分」という言葉は飲み込んでおきました。野生の勘かしら。野生であったことは一度もないけれど。
「多分」という言葉は言わない方がいい気がしたの。

「ほんまか?」

 わたしは頷きました。

「ちょっと待ち。空耳かもしれへん」
「なんでですか。ちゃんと言いましたよ」
「いや、もう一回」

 蒼一郎さんの目は真剣です。冗談を言っているようには思えません。
 でも、不思議なものでこれほど近くにいると、蒼一郎さんの鋭い目つきも怖く思えなくなってくるの。

 なんだか瞼が重くなってきました。
 慣れない家に御厄介になって、疲れちゃったのかしら。
「絲さん」とか「後生やから、もう一回」とか声が聞こえるけれど。
 その声も、どんどん遠くなっていったの。

◇◇◇

 信じられへん。
 俺は腕の中で眠りに落ちた絲さんを、呆然と眺めとった。
 
 なんで、そんなすぐに寝てしまうねん。梅酒のせいかと最初は思とったけど。もう酔いは醒めとうやろ。
 絲さんの背中にまわした俺の指は、小刻みに震えとった。

 多分、俺のことが初恋やって言うてもらえて、緊張が限界を超えたんやろ。
 こんなん、初めて人に向けて初めて銃を撃った時以来や。あん時は、まだまだ若かったけど。
 
 うわー、情けな。俺、どんだけ絲さんのことが好きやねん。

 静かな寝息を立てる絲さんの体をぐいっと引き寄せて、彼女の髪に顔を埋める。
 絲さんは甘くてええ匂いがする。しかも少し体温が高めで、柔らかくて、あぁ可愛いなぁ。
 ずっとこのまま抱きしめときたいわ。
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