37 / 257
二章
9、初恋【2】
しおりを挟む
もう、びっくりしました。
わたしは横になったままで顔を上げると、暗い笑顔を浮かべた蒼一郎さんと目が合いました。
「まぁ、絲さんの傍をうろちょろせんように、初恋相手には、この街からお引き取り願うかな」
あの。冗談を言っている表情じゃないですよ。怖いです。
「で、誰なん?」
「言いません。だって、その人が街を追い出されるんでしょ」
「まぁな。けど心配するな。命もとらへんし、怪我もさせへん。ただちょっとばかり不名誉な噂が、そいつの職場か学校か近所に流れるかもしれんなぁ」
「だったら、余計に言えません」
ふいっと横を向くと、がっしりとした手がわたしの両頬を掴みました。
「にゃ、にゃにをひゅるんれすか」
「絲さんが、そいつの名前を言うたら離したる」
仕草は子どもっぽいのに、その先に見える行動が恐ろしすぎですよ。
「十数えるまで、待ったろ。でも言わんかったら、勝手にそいつを探し出す」
そんなお風呂に浸かるみたいに、脅さないでください。しかも言っても言わなくても、結果は同じじゃないですか。
「いーち、にーぃ」
蒼一郎さんは抑揚をつけて、数え始めました。
でも、これが初恋かどうか自信がないんですよ。それに本人に向かって「多分、あなたが初恋かもしれません」なんて、曖昧な告白ってどうなんですか?
わたしだったら「確信はないけど、多分、もしかしたら絲さんのことが好きかもしれへん。よう分からへんけど」なんて告白は、絶対に嫌です。
願い下げです。
「はーち、きゅーう、じゅーう」
はっ。煩悶している内にとうとう時間が無くなってしまいました。
頬はまだ、蒼一郎さんの手で挟まれたままです。
「絲さん。ええ加減に白状しぃや」
「で、でも……」
「あんまり俺を怒らせん方がええで」
怖いです。助けてシスター。助けてマリアさま。
◇◇◇
大人げないと分かっとうっても、俺は絲さんの初恋の相手が気になってしょうがなかった。
まぁ、明日は学校が休みやし。ちょっとくらい夜更かしさせてもええやろ。
ちなみに俺の初恋は……ない。
遊郭の女に、そういう気持ちを抱いたこともないし。ミルクホウルの女給にもないな。
他に女の知り合いというと。
あぁ、十年ほど前の市制の施行で、隣の市に拠点を置くことになったヤクザの組長の娘がおったか。
……論外やな。
人攫いに遭うた絲さんを助けに行った三年前。その時から、この子に執着しとるけど。
これを初恋というんやろか。
いや、確かに躑躅の蜜を吸っている絲さんを、可愛いとは思ったし。こう胸の奥が、きゅんとなったけど。
あの気持ちが、欲情しとんのとは違うと分かるけど。
自由恋愛推奨についての評論文を読んだところで、自分のことに当てはまるんかどうか、よう分からん。
北村とかいう作家さんよ。いっそ初恋の定義も、本に書いてくれへんやろか。
わたしは横になったままで顔を上げると、暗い笑顔を浮かべた蒼一郎さんと目が合いました。
「まぁ、絲さんの傍をうろちょろせんように、初恋相手には、この街からお引き取り願うかな」
あの。冗談を言っている表情じゃないですよ。怖いです。
「で、誰なん?」
「言いません。だって、その人が街を追い出されるんでしょ」
「まぁな。けど心配するな。命もとらへんし、怪我もさせへん。ただちょっとばかり不名誉な噂が、そいつの職場か学校か近所に流れるかもしれんなぁ」
「だったら、余計に言えません」
ふいっと横を向くと、がっしりとした手がわたしの両頬を掴みました。
「にゃ、にゃにをひゅるんれすか」
「絲さんが、そいつの名前を言うたら離したる」
仕草は子どもっぽいのに、その先に見える行動が恐ろしすぎですよ。
「十数えるまで、待ったろ。でも言わんかったら、勝手にそいつを探し出す」
そんなお風呂に浸かるみたいに、脅さないでください。しかも言っても言わなくても、結果は同じじゃないですか。
「いーち、にーぃ」
蒼一郎さんは抑揚をつけて、数え始めました。
でも、これが初恋かどうか自信がないんですよ。それに本人に向かって「多分、あなたが初恋かもしれません」なんて、曖昧な告白ってどうなんですか?
わたしだったら「確信はないけど、多分、もしかしたら絲さんのことが好きかもしれへん。よう分からへんけど」なんて告白は、絶対に嫌です。
願い下げです。
「はーち、きゅーう、じゅーう」
はっ。煩悶している内にとうとう時間が無くなってしまいました。
頬はまだ、蒼一郎さんの手で挟まれたままです。
「絲さん。ええ加減に白状しぃや」
「で、でも……」
「あんまり俺を怒らせん方がええで」
怖いです。助けてシスター。助けてマリアさま。
◇◇◇
大人げないと分かっとうっても、俺は絲さんの初恋の相手が気になってしょうがなかった。
まぁ、明日は学校が休みやし。ちょっとくらい夜更かしさせてもええやろ。
ちなみに俺の初恋は……ない。
遊郭の女に、そういう気持ちを抱いたこともないし。ミルクホウルの女給にもないな。
他に女の知り合いというと。
あぁ、十年ほど前の市制の施行で、隣の市に拠点を置くことになったヤクザの組長の娘がおったか。
……論外やな。
人攫いに遭うた絲さんを助けに行った三年前。その時から、この子に執着しとるけど。
これを初恋というんやろか。
いや、確かに躑躅の蜜を吸っている絲さんを、可愛いとは思ったし。こう胸の奥が、きゅんとなったけど。
あの気持ちが、欲情しとんのとは違うと分かるけど。
自由恋愛推奨についての評論文を読んだところで、自分のことに当てはまるんかどうか、よう分からん。
北村とかいう作家さんよ。いっそ初恋の定義も、本に書いてくれへんやろか。
0
お気に入りに追加
699
あなたにおすすめの小説
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる