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二章
8、初恋【1】
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完全に嵌められました。
ええ、ゆめゆめヤクザなんて信じちゃいけません。
蒼一郎さんの口ぶりでは、幽霊が出るような言い草だったのに。実際に現れたのは、猫だったなんて。
しかも蒼一郎さんは、知っていて騙したんですよ。
「人聞きの悪いこと言わんといて。絲さんが勝手に誤解したんやで」
「蒼一郎さんが、誤解するような物言いをなさったんです」
ああ、なんて憎たらしいの。
これまでわたしの知っている男性は、お父さまやお爺さま、それに書生の水浦さんに女學院の神父さま。
皆、わたしをからかったりなさいません。
というか、これって口喧嘩ですよね。
わたし、殿方と口喧嘩をするのって生まれて初めてかもしれません。
「どないしたんや」
「いえ……」
さすがに口にはできずにうつむくと、蒼一郎さんに両肩を掴まれました。
「もしかして、からかいすぎた……かな」
そうですよ。楽しいからってからかいすぎです。わたしが黙っていると、蒼一郎さんはおろおろと顔を覗きこんできました。
「ごめん。ちゃんと謝るし、何やったら絲さんの言う事、なんでも聞いたるから。あ、家に帰るっていうんは無しやで」
どうして帰宅が無しなんですか。
折れているようで折れてませんよ。
「しゃあないな。よっぽど怖かったんやな。今夜は俺が抱っこして寝たろ」
「え? なんでそっちにいくんですか?」
「照れんでもええ。存分に甘えてええんやで」
訳が分かりません。
わたしは、ぽかんと口を開いてしまいました。
でも、蒼一郎さんの腕に引き寄せられて、その逞しい胸に顔を埋めると、なぜだか安心したの。
生まれて初めての男性との口喧嘩の相手が、ヤクザの組長だなんて。
不思議すぎて現実じゃないみたい。
「ふふっ」
「なんか楽しいんか? それやったらええ」
節くれだった指が、わたしの髪を梳くように撫でます。
もしかしたら、わたし……蒼一郎さんのことを嫌いじゃないかもしれない。
ううん。好きになりかけているのかも。
恋をした経験がないから、よく分からないけれど。もしかしてこれは初恋になるのかしら。
二人で一つのお布団で寝るのって、とても不思議。狭くて窮屈なのに、嫌じゃないの。
「ねぇ、蒼一郎さん。初恋の話を聞かせて」
「初恋?」
「そう。尋常小学校の頃かしら? それとも、もっと前?」
蒼一郎さんは「あー」と困ったような声を出しました。わたしは彼の胸に顔と耳を寄せているから、不思議な感じに聞こえてきます。
「よう分からんなぁ。『嫌いやない』『悪ない』っていうんと『好き』は違うやろ」
「難しいことを仰るのね」
でも、分からなくもないかも。
神父さまも書生の水浦さんのことも、嫌いではないし、むしろ優しくしてくださるからわたしも好意的ではあるけれど。
だからといって「好き」の範疇には入らないものね。
「じゃあ逆に訊くけど。絲さんの初恋はいつなん?」
「そんなのを訊いてどうするんですか?」
わたしの背中を抱きしめる手に、ぎゅっと力がこもりました。
「そんなん決まっとうやろ。そいつを海に沈める」
「じょ、冗談ですよね」
「うん。冗談やで」
ええ、ゆめゆめヤクザなんて信じちゃいけません。
蒼一郎さんの口ぶりでは、幽霊が出るような言い草だったのに。実際に現れたのは、猫だったなんて。
しかも蒼一郎さんは、知っていて騙したんですよ。
「人聞きの悪いこと言わんといて。絲さんが勝手に誤解したんやで」
「蒼一郎さんが、誤解するような物言いをなさったんです」
ああ、なんて憎たらしいの。
これまでわたしの知っている男性は、お父さまやお爺さま、それに書生の水浦さんに女學院の神父さま。
皆、わたしをからかったりなさいません。
というか、これって口喧嘩ですよね。
わたし、殿方と口喧嘩をするのって生まれて初めてかもしれません。
「どないしたんや」
「いえ……」
さすがに口にはできずにうつむくと、蒼一郎さんに両肩を掴まれました。
「もしかして、からかいすぎた……かな」
そうですよ。楽しいからってからかいすぎです。わたしが黙っていると、蒼一郎さんはおろおろと顔を覗きこんできました。
「ごめん。ちゃんと謝るし、何やったら絲さんの言う事、なんでも聞いたるから。あ、家に帰るっていうんは無しやで」
どうして帰宅が無しなんですか。
折れているようで折れてませんよ。
「しゃあないな。よっぽど怖かったんやな。今夜は俺が抱っこして寝たろ」
「え? なんでそっちにいくんですか?」
「照れんでもええ。存分に甘えてええんやで」
訳が分かりません。
わたしは、ぽかんと口を開いてしまいました。
でも、蒼一郎さんの腕に引き寄せられて、その逞しい胸に顔を埋めると、なぜだか安心したの。
生まれて初めての男性との口喧嘩の相手が、ヤクザの組長だなんて。
不思議すぎて現実じゃないみたい。
「ふふっ」
「なんか楽しいんか? それやったらええ」
節くれだった指が、わたしの髪を梳くように撫でます。
もしかしたら、わたし……蒼一郎さんのことを嫌いじゃないかもしれない。
ううん。好きになりかけているのかも。
恋をした経験がないから、よく分からないけれど。もしかしてこれは初恋になるのかしら。
二人で一つのお布団で寝るのって、とても不思議。狭くて窮屈なのに、嫌じゃないの。
「ねぇ、蒼一郎さん。初恋の話を聞かせて」
「初恋?」
「そう。尋常小学校の頃かしら? それとも、もっと前?」
蒼一郎さんは「あー」と困ったような声を出しました。わたしは彼の胸に顔と耳を寄せているから、不思議な感じに聞こえてきます。
「よう分からんなぁ。『嫌いやない』『悪ない』っていうんと『好き』は違うやろ」
「難しいことを仰るのね」
でも、分からなくもないかも。
神父さまも書生の水浦さんのことも、嫌いではないし、むしろ優しくしてくださるからわたしも好意的ではあるけれど。
だからといって「好き」の範疇には入らないものね。
「じゃあ逆に訊くけど。絲さんの初恋はいつなん?」
「そんなのを訊いてどうするんですか?」
わたしの背中を抱きしめる手に、ぎゅっと力がこもりました。
「そんなん決まっとうやろ。そいつを海に沈める」
「じょ、冗談ですよね」
「うん。冗談やで」
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