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二章
7、いけず【2】
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絲さんが俺のことを「いけず」やって。
その言葉が、胸にじーんと響いた。
ええなぁ。そんな可愛いこと言うたら、もっと意地悪したなるやん。
口の端を引き結んで俺を睨みつける絲さんは、真剣な面持ちだ。けど、残念ながら全然怖ない。
「せやから、俺が厠について行ったる言うとうやん」
「一人で行けます。ついて来ないで」
踵を返した絲さんが、真っ暗な廊下へと飛び出す。
一応、手燭を持っとうから転ぶことはないやろ。
まぁ、さすがにほんまについて行ったら、無神経すぎるからそれはせぇへんけど。
襖を開いたまま、部屋から絲さんの消えた方を見据える。
運悪く、今夜出るかもしれへんな。
俺も遭遇した時は、びっくりしたもんな。あいつは人懐っこく忍び寄ってくるから、厄介やねん。
しばらく腕を組んで廊下に立っていると、短い悲鳴が聞こえた。
ぱたぱたと近づいてくる軽い足音。
あちゃー、やっぱり出たか。
「絲さん。こっちや」
俺は廊下を駆けだした。さっきまで暗いところを眺めとったから、視界は効く。うちの廊下が暗いのは、敵が来襲した時にどこに何があるか分からんようにする為や。
うちの者は、廊下が暗いんは当たり前やから、普段から暗闇に目を慣らしてすぐに動けるクセがついとう。
「そ、蒼一郎さんっ」
俺は両腕を広げて、駆けてくる絲さんを抱きとめようとした。
けど、誤算があった。
彼女の悲鳴で目を覚ました組員が、あろうことか絲さんを取り囲んだからや。
「おい、こら。どこの組のもんや」
「頭の命ァ狙うたぁ、ええ度胸しとるやないか」
あかん、最悪や。
すでに暗闇に目の慣れた絲さんは、組員の強面がよう見えとうはずや。
「た……助けて。く、組、組は高等部一年東組です」
「はぁ? 聞いたことないなぁ。そんな組」
絲さんの声は震え、しかも掠れとう。顔は見えんでも泣いとうのんは一目瞭然や。
「お前ら。絲さんを怖がらせるな」
そう。彼女にいけずしてええんは、俺だけや。
俺が近寄ると、組員はすぐに左右に分かれて道を開いた。口々に「すんません」とか「頭の女と気ぃつきませんでした」と謝っている。
女とか言われたないな。そこは可愛く「恋人」と言うてほしいやん。
「ほら、腰が抜けて立たれへんか?」
俺は、廊下にへたり込む絲さんの両脇に手をさし入れて、そのまま抱き上げた。
ほんまは色っぽく横抱きがええんやけど。残念ながら、子どもを抱っこする感じや。
「こ、怖かったの」
「せやなぁ。こんな強面の奴らに取り囲まれて脅されたら、泣いてしまうよな」
あー、良かった。絲さんが俺を頼ってくれて。俺、そこまで強面とちゃうからな。
皆が「ひどいですよ、頭」とか「頭の顔面も相当ですよ」とか言うとうけど。ほざいとけ。
絲さんは俺の首にしがみついて、離れようとせぇへん。
きゅーって力いっぱい首を締めるけど。別に苦しくもない。
ああ、もう可愛いなぁ。
ごめんな、驚かせて。けど、こんな俺を頼って信頼してくれる姿を見せてくれたら、つい……な。
「お化けがいたの」
「どんなんやった?」
「暗闇で緑の小さな光が浮かんで。ぺたぺたと音がして」
「うんうん」
絲さんは必死で訴えてくるけど。俺は口許が緩んで目許もほころぶのが自分でも分かった。
「それで、足首に何か……するりと巻き付く感覚があって……」
「それな、猫やねん」
「え?」
「うん、猫。いっつもは庭におるんやけど、時々室内に入り込むんや」
呆然とした表情を絲さんは浮かべた。そして力なくうなだれてしまった。
「怖かったんですよ。本当に怖かったの」
「うんうん。せやから俺がついて行ったれば、よかったな」
絲さんはうつむいたままで、俺の胸を拳で叩いた。
自分、それ攻撃のつもりなんか?
全然痛ないし、むしろ嬉しいんやけど。
その言葉が、胸にじーんと響いた。
ええなぁ。そんな可愛いこと言うたら、もっと意地悪したなるやん。
口の端を引き結んで俺を睨みつける絲さんは、真剣な面持ちだ。けど、残念ながら全然怖ない。
「せやから、俺が厠について行ったる言うとうやん」
「一人で行けます。ついて来ないで」
踵を返した絲さんが、真っ暗な廊下へと飛び出す。
一応、手燭を持っとうから転ぶことはないやろ。
まぁ、さすがにほんまについて行ったら、無神経すぎるからそれはせぇへんけど。
襖を開いたまま、部屋から絲さんの消えた方を見据える。
運悪く、今夜出るかもしれへんな。
俺も遭遇した時は、びっくりしたもんな。あいつは人懐っこく忍び寄ってくるから、厄介やねん。
しばらく腕を組んで廊下に立っていると、短い悲鳴が聞こえた。
ぱたぱたと近づいてくる軽い足音。
あちゃー、やっぱり出たか。
「絲さん。こっちや」
俺は廊下を駆けだした。さっきまで暗いところを眺めとったから、視界は効く。うちの廊下が暗いのは、敵が来襲した時にどこに何があるか分からんようにする為や。
うちの者は、廊下が暗いんは当たり前やから、普段から暗闇に目を慣らしてすぐに動けるクセがついとう。
「そ、蒼一郎さんっ」
俺は両腕を広げて、駆けてくる絲さんを抱きとめようとした。
けど、誤算があった。
彼女の悲鳴で目を覚ました組員が、あろうことか絲さんを取り囲んだからや。
「おい、こら。どこの組のもんや」
「頭の命ァ狙うたぁ、ええ度胸しとるやないか」
あかん、最悪や。
すでに暗闇に目の慣れた絲さんは、組員の強面がよう見えとうはずや。
「た……助けて。く、組、組は高等部一年東組です」
「はぁ? 聞いたことないなぁ。そんな組」
絲さんの声は震え、しかも掠れとう。顔は見えんでも泣いとうのんは一目瞭然や。
「お前ら。絲さんを怖がらせるな」
そう。彼女にいけずしてええんは、俺だけや。
俺が近寄ると、組員はすぐに左右に分かれて道を開いた。口々に「すんません」とか「頭の女と気ぃつきませんでした」と謝っている。
女とか言われたないな。そこは可愛く「恋人」と言うてほしいやん。
「ほら、腰が抜けて立たれへんか?」
俺は、廊下にへたり込む絲さんの両脇に手をさし入れて、そのまま抱き上げた。
ほんまは色っぽく横抱きがええんやけど。残念ながら、子どもを抱っこする感じや。
「こ、怖かったの」
「せやなぁ。こんな強面の奴らに取り囲まれて脅されたら、泣いてしまうよな」
あー、良かった。絲さんが俺を頼ってくれて。俺、そこまで強面とちゃうからな。
皆が「ひどいですよ、頭」とか「頭の顔面も相当ですよ」とか言うとうけど。ほざいとけ。
絲さんは俺の首にしがみついて、離れようとせぇへん。
きゅーって力いっぱい首を締めるけど。別に苦しくもない。
ああ、もう可愛いなぁ。
ごめんな、驚かせて。けど、こんな俺を頼って信頼してくれる姿を見せてくれたら、つい……な。
「お化けがいたの」
「どんなんやった?」
「暗闇で緑の小さな光が浮かんで。ぺたぺたと音がして」
「うんうん」
絲さんは必死で訴えてくるけど。俺は口許が緩んで目許もほころぶのが自分でも分かった。
「それで、足首に何か……するりと巻き付く感覚があって……」
「それな、猫やねん」
「え?」
「うん、猫。いっつもは庭におるんやけど、時々室内に入り込むんや」
呆然とした表情を絲さんは浮かべた。そして力なくうなだれてしまった。
「怖かったんですよ。本当に怖かったの」
「うんうん。せやから俺がついて行ったれば、よかったな」
絲さんはうつむいたままで、俺の胸を拳で叩いた。
自分、それ攻撃のつもりなんか?
全然痛ないし、むしろ嬉しいんやけど。
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