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二章
1、薬用酒
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夕食後、またわたしは薬を与えられました。
もう熱は下がっているんですけど。滋養強壮とか、何やら小難しいことを蒼一郎さんは仰っています。
でもね。目の前に差し出された小さなグラスには、とろりとした茶色い液体が入ってるの。
「漢方薬ですか?」
「三百年ほど前の慶長の頃から飲まれとう薬用酒や。生薬を漬け込んだもので、確か芍薬の根や丁子、クロモジの木の皮とか反鼻とかが使われとったような」
においを嗅いでみると、つんとした酒精に続いて妙なにおいがしました。
「反鼻ってなんですか?」
「ん? 知らへんのか。マムシや」
「マムシって……あの毒蛇の?」
「せや。滋養強壮にええし、強心剤にもなるんやろ。絲さんにちょうどええやろ」
さぁ飲めとばかりに、にこにこと眺められるんですけど。無理です。毒蛇を漬け込んだお酒なんて飲めるわけないわ。
「わ、わたし……ばあやが出してくれるのは、せいぜい梅酒くらいなの……」
もうほとんど涙目になっていたと思います。
「平気や。マムシゆうても、皮と内臓はとって干してあるから」
「そういう問題じゃないです」
わたしは学友が御御堂で見せてくれた、絵を思い出していました。
御ミサの終わった御御堂は、とても静かで。町さんが持っていた絵の中の一枚に、蛇責めというのがあったの。
ああ、思い出すだけでもおぞましい絵でした。
「だめ……蛇は、無理です」
「ちょっと待ち。鳥肌が立っとうやんか」
浴衣の袖から見えるわたしの腕を、蒼一郎さんが掴みました。
その力の強さに、わたしは思わず顔をしかめたの。
「なんかあったんか? 蛇に咬まれでもしたんか?」
「違うんです」
ふるふると首を振ると、両肩を強く掴まれました。
蒼一郎さんはなおも説明を求めてくるけれど。恐ろしいのに、妙に艶っぽく描かれた絵をこっそりと見ていたなんて告白できるはずがありません。
「絲さん。そこまで内緒にせなあかんことか」
だって恥ずかしいんですよ。
「そら、会うたばっかりやけど。俺は昔から、あんたのことはよう知っとった。少しくらいは話してくれへんか?」
そんな切なそうな顔をしないで、と願うくらい、蒼一郎さんは眉を下げていました。
組長さんだもの。きっと普段はこんな顔をしないでしょうに。
申し訳なくなったわたしは、恥ずかしいのを我慢して、学友がこっそりと見せてくれた絵の話を伝えました。
ええ、どれほど恥ずかしかったことでしょう。
清く正しく、一人一人が學院の顔であると教えられているのに。こっそりと暗い楽しみに耽っているのですから。
でも、清く正しいからこそ、そうではないものに興味を覚えてしまうのは。仕方ないと思うの。
「蛇責め……て。えげつないもん見るんやな。最近のお嬢さんは」
返す言葉もございません。
いっそシスターに「あなた方、何を見ているの」と叱られる方が、よっぽどましです。
「ああ、それで水車に縛るとか言うとったんか」
納得しないで。わたしの言ったことをいちいち思い出さないで。
あまりの羞恥に、わたしは両手で顔を覆いました。
すると、武骨な手がわたしの頭を撫でてくれたの。
「とりあえず、その薬用酒はやめとこか。代わりに梅酒を持ってこさせるからな」
「ありがとうございます」
蒼一郎さんの優しさに、わたしはほっとしたの。でも、忘れていました。彼が極道の人だってことを。
もう熱は下がっているんですけど。滋養強壮とか、何やら小難しいことを蒼一郎さんは仰っています。
でもね。目の前に差し出された小さなグラスには、とろりとした茶色い液体が入ってるの。
「漢方薬ですか?」
「三百年ほど前の慶長の頃から飲まれとう薬用酒や。生薬を漬け込んだもので、確か芍薬の根や丁子、クロモジの木の皮とか反鼻とかが使われとったような」
においを嗅いでみると、つんとした酒精に続いて妙なにおいがしました。
「反鼻ってなんですか?」
「ん? 知らへんのか。マムシや」
「マムシって……あの毒蛇の?」
「せや。滋養強壮にええし、強心剤にもなるんやろ。絲さんにちょうどええやろ」
さぁ飲めとばかりに、にこにこと眺められるんですけど。無理です。毒蛇を漬け込んだお酒なんて飲めるわけないわ。
「わ、わたし……ばあやが出してくれるのは、せいぜい梅酒くらいなの……」
もうほとんど涙目になっていたと思います。
「平気や。マムシゆうても、皮と内臓はとって干してあるから」
「そういう問題じゃないです」
わたしは学友が御御堂で見せてくれた、絵を思い出していました。
御ミサの終わった御御堂は、とても静かで。町さんが持っていた絵の中の一枚に、蛇責めというのがあったの。
ああ、思い出すだけでもおぞましい絵でした。
「だめ……蛇は、無理です」
「ちょっと待ち。鳥肌が立っとうやんか」
浴衣の袖から見えるわたしの腕を、蒼一郎さんが掴みました。
その力の強さに、わたしは思わず顔をしかめたの。
「なんかあったんか? 蛇に咬まれでもしたんか?」
「違うんです」
ふるふると首を振ると、両肩を強く掴まれました。
蒼一郎さんはなおも説明を求めてくるけれど。恐ろしいのに、妙に艶っぽく描かれた絵をこっそりと見ていたなんて告白できるはずがありません。
「絲さん。そこまで内緒にせなあかんことか」
だって恥ずかしいんですよ。
「そら、会うたばっかりやけど。俺は昔から、あんたのことはよう知っとった。少しくらいは話してくれへんか?」
そんな切なそうな顔をしないで、と願うくらい、蒼一郎さんは眉を下げていました。
組長さんだもの。きっと普段はこんな顔をしないでしょうに。
申し訳なくなったわたしは、恥ずかしいのを我慢して、学友がこっそりと見せてくれた絵の話を伝えました。
ええ、どれほど恥ずかしかったことでしょう。
清く正しく、一人一人が學院の顔であると教えられているのに。こっそりと暗い楽しみに耽っているのですから。
でも、清く正しいからこそ、そうではないものに興味を覚えてしまうのは。仕方ないと思うの。
「蛇責め……て。えげつないもん見るんやな。最近のお嬢さんは」
返す言葉もございません。
いっそシスターに「あなた方、何を見ているの」と叱られる方が、よっぽどましです。
「ああ、それで水車に縛るとか言うとったんか」
納得しないで。わたしの言ったことをいちいち思い出さないで。
あまりの羞恥に、わたしは両手で顔を覆いました。
すると、武骨な手がわたしの頭を撫でてくれたの。
「とりあえず、その薬用酒はやめとこか。代わりに梅酒を持ってこさせるからな」
「ありがとうございます」
蒼一郎さんの優しさに、わたしはほっとしたの。でも、忘れていました。彼が極道の人だってことを。
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