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一章
24、場違いかもしれない
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春の宵は素敵。冬のようにはすぐに暮れないし、夜風に乗って花の甘い香りが漂ってきて。うっとりとした心地になるの。
わたしは浴衣を着て、濡れ縁に座っていました。
どこからか夕餉の香りがしました。お出汁とお醤油のにおいです。
「寒ないですか? お嬢さん」
庭から声をかけてきたのは、一人の青年でした。蒼一郎さんと同じくらいの年嵩に見えます。
「ここは女物の服があんまりあらへんのですけど。組長の羽織でよかったら、貸しますよ」
「いえ、そんな。勿体ないですから」
「まぁ、別に勿体ないことはあらへんやろけど。お嬢さんには、でかすぎますよね」
蒼一郎さんが身に着けているのは、とても高価そうですよ。そして、確かに羽織でもわたしが着たら、膝丈になってしまいそう。
「俺は波多野といいます。以後、お見知りおきを」
「えっと。わたしは遠野絲です」
「ええ、よう知ってますよ。絲さんでしょ。遠野の爺さんが生前、よう話して聞かせてくれました」
波多野さんは、笑いを堪えているようです。
お爺さま、わたしの何を話したの?
いえ、それよりも波多野さんは大事なことを仰っていたわ。
「波多野さん。さっき『組長』って仰いましたよね」
「ああ、うちの頭のことです」
「それって蒼一郎さんのことですか」
「もちろんです」と、着流し姿の波多野さんは胸を張りました。しかも腰には刀が差してあります。
御維新も遠くなり、江戸も過去の時代となった現在。お侍さんがいるはずがないわ。しかも二本差しではないですし。
「お嬢さん、まさか聞いてへんのですか? 組長は三條組の組長……なんか説明がくどいな。まぁ、要するにそういうことです」
ぽかんと口を開いたままになってしまったわたしを、波多野さんは訝し気に眺めています。
蒼一郎さんが、極道の組長? そんな怖い人だなんて。
「遠野の爺さんは、あなたになんも言うて……」
「波多野。絲さんを脅えさせるな」
突然、不機嫌そうな低い声が波多野さんの言葉を遮りました。
しばらく席を外していた蒼一郎さんが、戻って来たのです。
「頭。もう話はついたんですか?」
「まぁ、本人は知らんでも両親は許嫁の件は、知っとった。遠野の爺さんがうちに通とった、有り難いことに信用はあるみたいや」
「ほら、絲さん」と、蒼一郎さんが、わたしに風呂敷包みを渡しました。
開いてみると、中には着替えが入っています。
「あの、これってうちの者が届けたんですか?」
「せや。あんたんとこの書生が言うとった。こっちで療養させてもらうように両親から頼まれたって。あと、ばあやさんから『くれぐれもご無理をなさらないように』って伝言や」
蒼一郎さんはため息をつきながら、わたしの隣に腰を下ろしました。
座って並ぶと、やはり体の大きな人だと実感します。わたしが小さすぎて、恥ずかしいくらいです。
蒼一郎さんはヤクザの親分で、わたしはただの女学生。
隣に並んで座るには、あまりにも場違いというか。申し訳ないというか。
間隔をとろうと、もそもそと体を横に移動させると、肩をがしっと掴まれました。
「家族のお許しがでたからな。逃がさへんで」
「え、でも。わたしはただの学生です」
「知っとう」
何か問題でもあるんか? という風に、蒼一郎さんがわたしを見据えてきます。
ありますよ、と目で訴えたけれど。
ちゃんと伝わったかしら。
わたしは浴衣を着て、濡れ縁に座っていました。
どこからか夕餉の香りがしました。お出汁とお醤油のにおいです。
「寒ないですか? お嬢さん」
庭から声をかけてきたのは、一人の青年でした。蒼一郎さんと同じくらいの年嵩に見えます。
「ここは女物の服があんまりあらへんのですけど。組長の羽織でよかったら、貸しますよ」
「いえ、そんな。勿体ないですから」
「まぁ、別に勿体ないことはあらへんやろけど。お嬢さんには、でかすぎますよね」
蒼一郎さんが身に着けているのは、とても高価そうですよ。そして、確かに羽織でもわたしが着たら、膝丈になってしまいそう。
「俺は波多野といいます。以後、お見知りおきを」
「えっと。わたしは遠野絲です」
「ええ、よう知ってますよ。絲さんでしょ。遠野の爺さんが生前、よう話して聞かせてくれました」
波多野さんは、笑いを堪えているようです。
お爺さま、わたしの何を話したの?
いえ、それよりも波多野さんは大事なことを仰っていたわ。
「波多野さん。さっき『組長』って仰いましたよね」
「ああ、うちの頭のことです」
「それって蒼一郎さんのことですか」
「もちろんです」と、着流し姿の波多野さんは胸を張りました。しかも腰には刀が差してあります。
御維新も遠くなり、江戸も過去の時代となった現在。お侍さんがいるはずがないわ。しかも二本差しではないですし。
「お嬢さん、まさか聞いてへんのですか? 組長は三條組の組長……なんか説明がくどいな。まぁ、要するにそういうことです」
ぽかんと口を開いたままになってしまったわたしを、波多野さんは訝し気に眺めています。
蒼一郎さんが、極道の組長? そんな怖い人だなんて。
「遠野の爺さんは、あなたになんも言うて……」
「波多野。絲さんを脅えさせるな」
突然、不機嫌そうな低い声が波多野さんの言葉を遮りました。
しばらく席を外していた蒼一郎さんが、戻って来たのです。
「頭。もう話はついたんですか?」
「まぁ、本人は知らんでも両親は許嫁の件は、知っとった。遠野の爺さんがうちに通とった、有り難いことに信用はあるみたいや」
「ほら、絲さん」と、蒼一郎さんが、わたしに風呂敷包みを渡しました。
開いてみると、中には着替えが入っています。
「あの、これってうちの者が届けたんですか?」
「せや。あんたんとこの書生が言うとった。こっちで療養させてもらうように両親から頼まれたって。あと、ばあやさんから『くれぐれもご無理をなさらないように』って伝言や」
蒼一郎さんはため息をつきながら、わたしの隣に腰を下ろしました。
座って並ぶと、やはり体の大きな人だと実感します。わたしが小さすぎて、恥ずかしいくらいです。
蒼一郎さんはヤクザの親分で、わたしはただの女学生。
隣に並んで座るには、あまりにも場違いというか。申し訳ないというか。
間隔をとろうと、もそもそと体を横に移動させると、肩をがしっと掴まれました。
「家族のお許しがでたからな。逃がさへんで」
「え、でも。わたしはただの学生です」
「知っとう」
何か問題でもあるんか? という風に、蒼一郎さんがわたしを見据えてきます。
ありますよ、と目で訴えたけれど。
ちゃんと伝わったかしら。
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